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好ましい人間関係を育てる開発的・予防的教育支援の在り方の研究

高等学校  養護教諭がかかわった個への支援事例

 ピア・サポートの要素を取り入れたケース

(1)生徒の実態 

   
 
対象生徒 生徒D
養護教諭から見た
生徒Dの様子
○前年度、教師や友達とトラブルとなり、教室にいることが苦痛のようだった。
○特別教室や教育相談室登校をしながら自分の好きな授業に出ている。
○現在の学年になり、行き場がなくなったと保健室に来ることがある。
○クラス内の同性の生徒とは話したがらない。
○自己中心的な発言が多く、問い掛けに否定的な回答をすることで相手の反応を見る。
「がばいシート」の
結果
(1回目:5月)
〔グラフ1〕個人の様子
*〔グラフ1〕の縦軸の数値は、各観点の回答状況を点数化し、合計したものである。好ましい状態であるほど点数が高く、満点は20点とする。
結果の分析 ○「授業への意欲」以外、学級平均を5点以上、下回っている。
○「学級の雰囲気」「友達との関係」「自己存在感」が10点以下と低い。特に「友達との関係」は5点と5つの観点の中で最も低い。学級内の人間関係に悩み、自分の居場所がないと感じている恐れがある。
○「教師との関係」は6点である。教師との関係性はよくないと考えられる。
考察 日常の観察と「がばいシート」の結果から、他の生徒や教師との間で人間関係でストレスを感じており、自分にも自信がもてないようである。授業への意欲はあるものの、学級内での友達関係がうまくいっていないことが原因で、教室には入れず、授業を受けられないときがある。自分の居場所を見付け、自己肯定感を高めることができるような支援が必要であると考える。
   

(2)支援の実際

   
 
ねらい @生徒Dが自分の居場所として教室で過ごし、授業に参加をするように支援する。  
A人間関係において起こりやすいトラブルの回避の方法を学ぶ機会を与え、コミュニケーション力を高めさせる。
方法 @校内で関係者会議(ケース会議)を開き、情報交換を行い、参加できていない授業への支援をする。
A学級担任や部活動顧問によるこまめな声掛けを行う。また、保健室での異学年の生徒たちとのかかわりをもたせる。→ピア・サポート的な支援》
支援の実際






《ピア・サポート的な支援》
 保健室に様々な理由で来室している生徒同士で、抱えている問題や悩みについて数回話し合った。教師が計画して話し合わせるのではなく、養護教諭がタイミングと生徒の顔ぶれを見て、話題を提供し、自然に問題解決への話し合いにつなげていった。教師からの助言やアドバイスに対しては拒否反応を示す生徒Dも、同じような悩みをもつ、または過去にもっていた生徒同士の話の中から出た意見には素直に耳を傾けていた。また、学級や学年を超えた生徒同士が交流することで、新しい人間関係を構築することができた。

ピア・サポートとは
     ピア・サポートのピアとは、英語で「仲間」の意味、サポートは「援助」。
つまりメンバー(学校では生徒自身)がメンバー同士(生徒同士)で互いの心を サポートし合うという活動。
   
※今回の支援の留意点
     今回の支援は、ピア・サポート的な考えを取り入れた方法であり、本来のピア・サポートとは異なる。
普段から生徒の観察をして、生徒の実態を把握している教師が、タイミングを考えて、生徒に話題を提供する取り組みであることに留意する。
   
   

(3)生徒の変容と考察

   
 
「がばいシート」の結果
(2回目:11月)
 

〔グラフ1〕個人の様子(1回目)

〔グラフ2〕個人の様子(2回目)

結果の分析 ○〔グラフ2〕では、〔グラフ1〕の5月の結果より「教師との関係」が10点上昇している。また、学級平均より上回っている。他の観点は1〜2点程度の変化なので、大きな変化だといえる。学級担任や他の教師との関係において、よい方向への気持ちの変化があったと思われる。
変容と考察 ○徐々に参加できる授業も増えてきて、2学期になると始業式から教室で過ごすことができた。
○人間関係に疲れたりすると保健室に来るが、長居することなく教室に戻っている。また、体調を崩したときに「休むことも必要。」と養護教諭が話してからは、心身の不調を感じたときに適宜休むことによって、バランスを取れるようになった。
○保健室でのピア・サポート的な支援により、異学年の生徒との関係性はよくなったと思われるが、学級内での友達関係は改善されてはいないことが、〔グラフ2〕の「学級の雰囲気」や「友達との関係」の点数が、〔グラフ1〕とほとんど変わらないことからも分かる。
○〔グラフ2〕の結果にも表れているように、学級担任や関係職員の声掛けが功を奏し、「教師との関係」の点数が10点上昇したと考える。
   

(4)今後の取り組み

   
 
○教師との信頼関係が築かれつつあるので、その点を利用し、気軽に話し掛けたり相談できる機会を増やす。また、そのことを通じて学級での居心地の悪さの原因を取り除き、友人関係の改善を目指す。
○「自己存在感」が依然として低いままである。ピア・サポートの要素を取り入れた支援により、異学年との交流には抵抗がなくなっているので、今後は、学級担任と協力して、校内行事や学年を超えた活動に参加する機会を与え、「自己存在感」の向上を図る。
 
   養護助教諭がかかわったケース

(1)生徒の実態

   
 
対象生徒 生徒E
養護教諭から見た
生徒Eの様子
○インターネットの掲示板への書き込みが原因で、学級の友達への不信感が高まり、「教室が怖い。」といって保健室に来室した。
○教室では話さず目立たないが、保健室では元気に振る舞い、発言も多い。
○自分の身なりのことにあまり関心がなく、そのことが原因なのか、生徒Eと親しく話す学級の生徒は少ないようである。
「がばいシート」の
結果
(1回目:5月)
 
〔グラフ3〕個人の様子
結果の分析 ○「学級の雰囲気」「友達との関係」が、学級平均より3点以上低い。学級内での人間関係がうまくいっていない可能性がある。
考察 学級では居心地が悪く、友人との関係もよくないことが「がばいシート」の結果にも表れている。また、教室では常に緊張していて、保健室でしか自分を表現できない状態のようである。身近な人物が心を開いて話せる存在になれるように、他人とかかわりをもつ機会を増やせるような支援が必要である。
   

(2)支援の実際

   
 
ねらい @心を許せる友達をつくり、学校に来る意義や将来の目標について考える機会をつくる。
A身だしなみを整え、正しい言葉遣いができるように指導する。
方法 @保健室での異学年との交流の中で友達を見付け、将来の目標について話す機会をもつ。 A関係性のよい養護助教諭が、身なりや会話の仕方について話をする。また、保健室での過ごし方や利用の仕方についても指導をする。
支援の実際 養護助教諭の働き掛け
○保健室に来たら積極的に声を掛け、共通の話題を見付け、気軽に話せるような関係を築いた。
○信頼関係が築けた後、思春期における不安や悩みについて少しずつ話をした。
○自分の身体は自分で管理できるように気を付けなければならないことを伝えた。
   

(3)生徒の変容と考察

   
 
「がばいシート」の
結果
(2回目:11月)
〔グラフ3〕個人の様子(1回目)

〔グラフ4〕個人の様子(2回目)

結果の分析 ○〔グラフ4〕では、〔グラフ3〕の5月の結果と比較して、「学級の雰囲気」「友達との関係」は2点上昇し、学級平均との差が縮まった。友人関係が改善され、学級にいることへの抵抗感が少なくなったと考えられる。
○「自己存在感」「教師との関係」は2点下降した。学級での自分の役割や努力を学級担任から認めてもらう機会が少ない可能性がある。
変容と考察


○本来世話好きなところがあるので、保健室で下級生の世話をしたり相談にのったりしている。図書館利用の際には、司書や図書館担当教諭との会話が増え、少しずつ自信がもてるようになってきた。しかし、学級内で責任のある仕事を任されることが少なく、また、学級担任と気軽に話せるようにはなっていないことが、「自己存在感」や「教師との関係」の点数の下降に反映している。
○年齢の近い養護助教諭が、身だしなみや会話の仕方について話をしたことが、非常に効果があった。自分の身の回りのことは、自己管理しようという意識が高まっている。
○保健室に来る回数や時間が減った。保健室での過ごし方も改善し、周囲を見て適切に行動することができている。
○パソコンを使用する時間が減り、インターネット上だけでの人間関係から脱却しつつある。保健室や図書室での異学年、他学級の生徒とのかかわりの中で成長できた部分があり、「教室にいたくない。」の発言がなくなった。
○「学級の雰囲気」「友達との関係」が上昇したことからも分かるように、最近ではクラス内で友人関係等で悩んでいる生徒の相談役になっている様子が見られる。
   

(4)今後の取り組み

   
 
○養護助教諭との良好な関係を築けたので、その支援方法を参考にしながら、他の教師との関係性を深めるために、学級担任が声掛けをしたり、気になるときは面談をしたりするなど、かかわりをもつ機会を増やしていく。
○係活動や学校行事に参加する機会を学級担任が設け、周りの友達や教師から認められることで、「自己存在感」の向上を図る。
○相手に応じた話し方ができず、誤解を与えてしまうことがあるので、保健室に来室した際に、目上の人に話す言葉遣いや礼儀を伝えていく。
 
   学級担任と連携したケース

(1)生徒の実態

   
 
対象生徒 生徒F
養護教諭から見た
生徒Fの様子
○腹痛等の体調不良を訴えて来室し、早退することが多かった。 病院に行っても異常が認められなかったため、精神的なことが原因ではないかと思われる。
○携帯電話の利用等で睡眠時間が十分取れていないようである。
○担任や養護教諭が面談しても特別変わった様子もなく、学校への不満や不安も言わなかった。
「がばいシート」の
結果(1回目:5月)
〔グラフ5〕個人の様子

結果の分析 ○「自己存在感」は他の観点に比べて低いが、特に落ち込んでいる観点はない。
○「学級の雰囲気」は満点である。学級の中で居心地がよいと感じていると読み取れる。
考察 「がばいシート」の結果と同じように、学級担任の面談の中で、学校や授業への不満を訴えることはなかった。しかし、養護教諭の日ごろの観察から見える生徒Fの様子とは異なっている。心の中に抱えている問題がまだ表面化していない、または、身体的症状としては表れているが、本人は自覚できていないと考えられる。「自己存在感」が高まるように、じっくり自分を振り返られるような支援が必要である。
   

(2)支援の実際

   
 
ねらい @悩みや不安を話せる相手に素直な気持ちを表現することで「自己存在感」を高める。
A不規則な生活の改善を図る。
方法 @養護教諭や学級担任、スクールカウンセラーとの情報交換の機会を設け、生徒理解に努める。また、学級担任や他の関係職員と話す時間を設けることで、生徒Fが自分を見つめ、振り返る機会を与える。
A深夜までの携帯電話の使用は、身体への悪影響があり、寝不足による疲労や集中力の低下等の原因となるため、できるだけ使用を控えるように学級担任や養護教諭が指導する。
支援の実際


学級担任のかかわり
  2学期に入り、生徒Fは学校祭の練習には体調不良で参加できず、ほとんど早退した。 授業が始まると週明けの月曜日と特定の教科のある日に欠席をするようになった。 また、登校はしても特定の授業のときは、保健室に来て安静や早退を希望した。
   学級担任は養護教諭との情報交換を密にした。また、生徒理解のために、学級担任は生徒Fとの面談を重ねた。さらに、クラス内で世話役的な生徒を見付け、生徒Fに声掛けをしてもらった。
  生徒Fは、しばらく落ち着いていたが、同じ学級のグループから中傷され、「教室に行くのが怖い。」と言って保健室に来室したため、 スクールカウンセラーに相談し、対応について考えた。 一方で学級担任は当事者同士の話し合いが必要と考え、双方を話し合わせた。学級担任の臨機応変な対応で、いじめに発展することもなく、和解でき、次の日から教室で過ごすことができた。
   

(3)生徒の変容と考察

 
 
「がばいシート」の結果
(2回目:11月)
 

〔グラフ5〕個人の様子(1回目)

〔グラフ6〕個人の様子(2回目)

結果の分析 ○〔グラフ6〕では、〔グラフ5〕の5月の結果より「友達との関係」「教師との関係」は上昇し、「学級の雰囲気」「授業への意欲」は下降している。 このことから、友達や教師との人間関係は良好だが、教室の中では自分の気持ちが安定していないときがあると思われる。また、授業に集中できないような要因があるのではないかと考えられる。
変容と考察 ○時折、特定の授業のときは体調不良を訴えてくるが、早退することなく教室で過ごすことができるようになっている。
○「授業への意欲」の点数が下降していることからも推測できるように、実際、授業への出席はできているが、学習への取り組みは消極的で、成績も伸び悩んでいる。
○学級担任の積極的で細やかな対応により、本人から学級担任に話し掛ける機会が増えてきた。徐々にではあるが、自分の悩みや不安を口にすることができるようになってきた。
   

(4)今後の取り組み

   
 
○当初の生徒Fの「自己存在感」を高めるという目的は達成できなかったが、学級担任が、臨機応変な働き掛けをしたので、「教師との関係」はよくなった。支援内容によっては、他の観点でも効果があることが確認できた。今後も「教師との関係」を保っていく。また、このことで、他の観点にもよい影響を与えられるのではないかと考える。
○本人の適性や希望を確かめながら、進路指導を充実させ、「授業への意欲」を高められるように担任と協力をして支援していく。
○本人が精神的に辛いときのために、安心して過ごせるような場所(保健室や相談室)を引き続き確保しておく。

 

 

 

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最終更新日: 2010-03-18