人の生き方から学び、自己の生き方を探る道徳の時間を提案します。

 
  2 研究の実際

(2) 本研究における道徳の時間の考え方

      

@ 夢や目標をもつことに関わる児童生徒の意識調査の結果と分析

平成23年度と平成24年度の佐賀県小・中学校学習状況調査の意識調査の中で、将来の夢や目標について尋ねた項目の分析を行いました。

 図1 平成23年度佐賀県小・中学校学習状況調査意識調査

「将来の夢や目標をもっている」という項目に、「当てはまる」と回答した児童生徒の割合が小学5年69.2%、中学1年で61.5%と、学年が上がるにしたがって少しずつ低くなっています。さらに、その1学年上がった中学2年では、43.0%と大きく割合が低下しています。           

図2 平成24年度佐賀県小・中学校学習状況調査意識調査

図2にあるように、平成24年度の意識調査でも、平成23年度と同じような傾向が見られました。2年間の調査結果を考察すると、平成23年度中学1年生だった生徒の61.5%が「当てはまる」と答えていましたが、その生徒たちが平成24年度中学2年生となり、「当てはまる」の回答率が43.0%と割合が低くなっていることが分かります。「将来の夢をもつ」ということは、「自分の将来への見通しをもつこと」につながります。そして、その実現を目指すためのステップとして、今現在の生活の目標を立てることにつながり、学校生活における様々な活動への意欲の向上に効果が期待できると考えられます。このことから、将来の夢をもつことの意義と、それらの夢や目標の実現に向けて努力することの大切さを実感させることが大切だと考えます。そこで、道徳の時間に、夢や目標をもち、実現していこうとする態度を育てることを目指した授業づくりを行いたいと考えました。

A 本研究のねらいに関わる手立て

ア 生きる指針となる人物の生き方から学ぶ伝記資料の開発

本研究では、学習指導要領及び解説道徳編の指針に基づき、道徳の時間においては、生きる指針となる人物の生き方を通して、その背後にある道徳的価値について触れさせることが大切であると考え、リアリティのある教材を開発・活用し、自分の生き方を考えさせることを目指したいと考えました。栄光を手にしたスポーツ選手や素晴らしい功績を残したあらゆる分野の偉人の生き方は、尊敬の対象となり、子どもたちだけではなく、大人も含めて多くの人があこがれを抱くものです。実際に、副読本には、多様な分野で活躍する人物が紹介されています。

岩村昇(医師)、舘野泉(ピアニスト)、柳家金語楼(落語家)、杉原千畝(領事代理)、原田泰治(画家)、

三浦雄一郎(登山家)、マザーテレサ(修道女)、北島康介(競泳選手)、星野富弘(作家)、松井秀喜(野球選手)、

井村和清(医師)、澤穂希(サッカー選手)、藤井輝明(医学博士)、古賀稔彦(柔道家)、野口健(アルピニスト)、

三浦知良(サッカー選手)、田中耕一(エンジニア)、吉田兄弟(三味線演奏家)、上村愛子(モーグル選手)

以上のことから、学習指導要領解説道徳編に記されている道徳の時間に用いられる教材の具備すべき要件を参考に、本研究に関わる「道徳の時間に活用するための資料の条件」として、次のように考えました。

・子どもの興味・関心や生徒の実態、発達の段階に応じた資料

・多様な価値観が引き出され、深く考えることができる資料

・真実の「人」の姿が描かれている資料

・今日的な話題性がある資料

・授業者も心を動かされる資料

イ 資料の人物と自分自身を重ね合わせて考える授業づくり

主人公の努力の軌跡は、真実の生き方であり、積み重ねや粘り強く取り組むことの大切さを伝えることができる魅力的な教材であると考えます。ただ、主人公の栄光ばかりが際立ってしまうと、生徒は「この人はすごいなぁ」と思うにとどまってしまったり、「この人だからできるんだ」とか「自分とは全く違う人なのだ」と、自分とかけ離れた人物として捉えてしまったりすることも考えられます。そして、道徳的価値を自分との関わりで捉えることができなくなってしまうことが考えられます。

学習指導要領解説には、道徳的価値が大切であることの理解と同時に深めるべきものとして、「人間理解」と「他者理解」があると述べられています。その3つに含まれる要素として、次のようなものが挙げられています。

道徳的価値が大切であることの理解・・・価値のよさ、大切さ、素晴らしさ など

      人間理解            ・・・人間の弱さ、もろさ など

      他者理解            ・・・自分と異なる多様な感じ方、考え方 など

よって、「人間理解」の要素に触れさせるために、人物の生き方を資料として教材化する際には、成功や偉大な功績といった結果よりも、その過程にある主人公の意思や懸命に生きた姿に共感させることが大切だと考えます。また、「他者理解」の要素に触れさせるために、教師対生徒のやりとりに終始せず、生徒対生徒の話合いを工夫する手立てが必要となります。そこで、本研究においては、主人公が悩んだり、挫折を経験したりという、人間の弱さを感じられるような葛藤場面を仕組むことにしました。そこに焦点を当てて考えたり話し合わせたりすることにより、生徒は主人公の挫折や弱さを受け止め、自分の経験や思いと重ねたり、 自分の生き方に接点をもたせたりすることができると考えました。

葛藤場面

葛藤は、心理学用語で同時に満足させることが困難な要求や衝動が同じくらいの強さで自分の中に存在し、行動を決定できずにいるときの状態を言います。ゲシュタルト心理学の研究者クルト・レヴィンは葛藤が3つのパターンに分類することができると考えました。

@ 接近−接近型

同じくらい魅力的な対象が2つ以上あり、

同時に得たいが決めきれない状態。

例)チーズケーキも食べたいが、

チョコレートケーキも食べたい。

A 回避−回避型

自分にとって望ましくない対象が2つあり、

どちらも選択したくない場合。

例)宿題をしたくないが、宿題を

しなくて叱られることも嫌だ。

B 接近−回避型

ある活動をすることが、肯定的な面と、

否定的な面をもち合わす状態。

例)甘いものをたくさん食べたいが、

太るのは嫌だ。

私たちは、このような葛藤を日々経験し、選択して行動の決断をしています。食べようとするケーキの選択から、電車で席を譲ろうか、そのままにしようか、というような道徳的な価値が関係した葛藤、また、人生の方向を左右する決断や生死に関わる決断のような生き方に関わる深刻な葛藤まで、多様に存在します。
  荒木紀幸は、コールバーグの道徳性発達認知理論を基に、道徳性の発達が、「認知能力」と「役割取得能力」の2つの能力の発達と結び付いていることを示し、モラルジレンマの指導方法を広めました。荒木は、著書『ジレンマ資料による道徳授業改革』(1990)の中で、「認知能力とは世界を知り、自分と世界との間の適応をはかる(均衡化)知的な能力をいう。これに対して、役割取得能力は自分の考えや気持ちと同等に他者の考えや気持ちを受け入れ、調整する能力をいう。授業ではこれらの2つの能力の発達に着目しながら道徳性を高めるべく配慮がなされなければならない」と述べています。また、「これを保証する心理学的な働きがコールバーグの述べる道徳的認知的葛藤の経験である」と述べ、葛藤に直面し、自分の考えを絶えず吟味し、また、より発達性が上の考えに接することで、自分自身の道徳性の発達につなげることを示しています。
よって、道徳の時間において、道徳的価値と自分の思いのぶつかり合いを通して、悩んだり迷ったりすることは、生徒の考えを深めることにつながることができると考えます。

また、学習指導要領解説では、伝記資料の開発や活用について、生きる勇気や知恵(ねらいに関わる人間的魅力)とともに、人としての弱さや迷い(道徳的価値に対する弱さや迷い)に触れることで、生きることの魅力や意味の深さについて考えを深めることができると示されています。よって、本研究のテーマである生きる指針となる人物の生き方を基にした伝記資料において、そこで起こったであろう人物の迷いや悩みといった人間の弱さに触れさせることは、生徒自身に日々の生活の中で経験した同じような迷いや悩みを想起させるための手段として有効であると考えました。

これらのことから、本研究で考える葛藤場面の取り入れ方を、4つに分類しました。

ア 主人公の葛藤場面について、2つ以上または1つの道徳的価値を葛藤させる方法

主人公の挫折や悩み等の葛藤場面を置き、発問します。主人公の気持ちや迷いを想像しながら、道徳的価値を理解することを目指します。資料の中に葛藤場面のない場合には、改作してそのような場面を作ることもできます。

・ 主人公は、どうしただろう。(どちらを選ぶべきだろう。)

イ 主人公の葛藤場面について、生徒自身の気持ちを問い、葛藤させる方法

「もし、主人公の立場だったら・・・」という発問で、自分の経験を振り返ったり、主人公の思いに自分の思いを重ねたりしながら考えを深めること目指します。

・ もし、あなたが主人公だったら、このときどうすると思いますか。

・ もし、あなたが主人公だったら、「走り続ける」「走るのをやめる」のど

 ちらを選びますか。 

実際はこちら(授業実践1)

ウ 発問に対して生徒が道徳的価値に基づいた発言をした場合に、切り返しの問いをすることで葛藤させる方法

資料を自作する際に葛藤場面を作ることができるかどうかを検討し、それが困難な場合には、切り返しの問いによって生徒の道徳的価値に揺さ振りをかけます。そうすることで、考えを深めさせ、ねらいとする価値により近付くことを目指します。

・ 本当にそうだろうか。

・ 主人公の年齢を考えると、目標をもつことは難しくないかな。

エ 主人公の葛藤場面を基に、そのときの気持ちや迷いを考えさせる方法

主人公の葛藤や挫折を基に、日々の生活体験を振り返りながら、主人公の気持ちや迷いに共感させることを目指します。主人公の生き方と生徒自身の生き方に接点をもたせることができると考えます。

・ このとき、主人公はどんな気持ちだっただろう。

・ このときの悩みや迷いとはどんな悩みだっただろう。どんな迷いだっ

 ただろう。

実際はこちら(授業実践2)

このような葛藤場面を取り入れることで、「道徳的価値が大切であることの理解」と「人間理解」の要素の葛藤に触れさせたり、人としての弱さや迷い(道徳的価値に対する弱さや迷い)に触れさせたりすることができ、「道徳的価値を自分との関わりで捉える」ことにつながると考えます。

以上の研究を基に、内容項目1−(2)「より高い目標を目指し、希望と勇気をもって着実にやり抜く強い意志をもつ」を取り上げ、葛藤場面のある自作資料の開発と生徒自身に葛藤を促すような発問の手立てを取った授業実践を行うことにしました。

葛藤場面を取り入れる際のポイント

・ 生徒自身の心の揺れや葛藤などに対応した、身近な葛藤場面を取り入れた資料を開発しましょう。授業後も

子どもたちがなお考え続けたり、問い続けたりしようと思えるオープンエンドの葛藤も活用できます。

・ 葛藤場面で、ねらいとする道徳的価値の理解の要素に寄った発言には、切り返しの問いにより、揺さ振りを

かけましょう。生徒自身の考えを吟味したり、深めたりすることができます。

・ 葛藤場面では、教師の心の揺れも生徒に見せながら、生徒とともに考え、悩み、感動を共有していくという姿

勢をもちましょう。

・ 登場人物の心情理解を深めるために役割演技を取り入れたり、吹き出しで書くワークシートを活用したりし

て、葛藤の受け止めを表現させましょう。

話合い活動

道徳の時間に話合いを取り入れることで、ねらいとする道徳的価値について多様な考えに触れることとなり、自分の考えを広げたり、深めたりすることができると考えます。これがうまく機能すれば、生徒が道徳的価値について互いの考えを出し合い、深め合うことを通して、道徳的価値の大切さを実感したり、自分との関わりについて気付いたりすることができるようになると考えます。

道徳の時間における話合いの方法は、全体での話合い以外に次のような方法が考えられます。

表1 話合いの種類とその特徴

 
種類
手法・特徴
ペア

ペア対話

隣同士で、自分の考えを伝え、また、友達の考えを自分の価値観と比べながら聞く。

ダイアログ活動

自由に移動しながら相手に話し掛け、自分の考えを基に対話し、自分の価値観と比べる。

小集団
マッピングコミュニケーション

用紙を真ん中に置き、話合いの内容をキーワードの形で紙の中心辺りからメモしていく。(ペアでも可)

意見交流

発問に対するそれぞれの意見を班で出し合い、交流する。順に1人ずつ意見を述べた後、質問したり意見を出したりする。

実際はこちら(授業実践1)

バズセッション

4人から6人の小集団に分かれて、あるテーマについて、思い付いたことをどんどん挙げていく。最後に、テーマについての見解をまとめる。

価値葛藤の解決

道徳的な価値葛藤(モラルジレンマ) の解決を通して、道徳性を発達させる。話合いの目的は、友達の考えを聞いて自分の考えを見つめ直し、練り上げることである。ジレンマの解決は個人の判断に委ねる意味で、オープンエンドである。

ブレーンストーミング

考えを自由に出し合い、他の人の発言から、連想力を活用してたくさんのアイディアを出し合う。班員の意見交換を重視し、指導者が結論をまとめる必要はない。道徳の時間においては、価値観は人によって異なることを押さえておく。

KJ法

自分の考えや思いを1枚ずつ小さなカードに書き込み、班でそれらのカードを紹介し合いながら、似ている考えや思い同士を2、3枚ずつ集めてグループ化していく。必要であれば、それらを小グループから中グループ、大グループへと組み立てて可視化していく。小集団の中で、道徳的価値の理解の深まりを可視化できる。

実際はこちら(授業実践2)

このような方法を学級の実態や指導展開に応じて取り入れることで、ペアや小集団の話合いを行ったあと、学級全体による話合いを効果的に発展させるようにすることができます。ペアや小集団の話合いを効果的に展開させるために、話合い前の発問では、生徒の気持ちを揺さ振っておくことが手立てとなります。

そこで、本研究においては、授業の中にペアや小集団による話合いなどを効果的に取り入れ、生徒が生き生きと活動し主体的に考え、更にその考えを深められるような場面を設定する手立てを取ることにしました。

話合い活動のポイント

・ 話合い活動にふさわしい資料を選びましょう。生徒の知的好奇心を満たすような資料や話題性のあるものを

見付けることが大切です。

・ 日頃から意見交流の場をより多く設定し、自分の意見を相手に分かりやすく伝えさせるとともに、他の人の考

えや自分と異なる意見に耳を傾けさせる習慣を付けましょう。

・ 生徒対生徒の話合いへと広げる手立てとして、教師対生徒の話合いの段階で、生徒の発言に対して、切り

返しの問いを工夫し、揺さ振りをかけておきましょう。

・ 教師自身が、生徒とともに学ぶ姿勢で道徳の授業に臨みましょう。価値葛藤の話合いでは、教師の心の揺

れも生徒に見せながら、生徒とともに考え、悩み、感動を共有していくという姿勢をもちましょう。


Copyright(C) 2013 SAGA Prefectural Education Center. All Rights Reserved.