人の生き方から学び、自己の生き方を探る道徳の時間を提案します。

 

2 研究の実際

  

(4) 実際と考察

@ 実践1の実際と考察

ア 葛藤場面について

授業では、展開前段で盲目アスリートの柳川さんのパラリンピックでの栄光と、そこに至るまでの過程を紹介しました。盲目でありながら走ることを決意したことや、一人で行う練習方法を紹介すると同時に、部活動や自分が今一生懸命取り組んでいることを想起させて関連させることで、柳川さんのチャレンジ精神やひたむきに努力を続ける姿に共感させることを目指しました。

@練習風景を見せて紹介する。

Aパラリンピックに3度出場するまでの人生をパワーポイントとインタビュー映像を見せて紹介する。

B2003年にパラリンピック選考会で落選したことを伝える。

その後、このときの挫折場面を使い、生徒自身の気持ちを問い、葛藤させる手立てを取りました。

「もし、あなたが柳川さんの立場だったら、この後どうすると思いますか」と問い、「走ることをやめる」「走ることを続ける」の選択をさせることで、主人公の思いに自分たちの思いを重ねながら考えさせることを目指しました。生徒たちは、部活動や自分が一生懸命取り組んでいることを想起し、自分の体験を基に選択をすることができていました。

授業の感想の中には、自分の思いや経験を想起しながら考えを深めることができたことが分かる感想があり、葛藤場面を仕組む効果が分かりました。

生徒の感想 (太字:自分の思いや経験と重ねて考えを深めていると思われる記述)

・ 元気づけられました。今、自分があきらめようとしていることがあって、もうちょっと努力してみようかなと思

えるようになりました。マイナスのことを考えずに、プラスのことを考えていき、自分を高めていきたいと思いました。

柳川さんも、 リオデジャネイロに向けて、頑張ってほしいです。私も頑張ろうと思います!!

・ 私も陸上部なので、悔しい気持ちはよく分かりました。私も大会の前にケガをしたので、一番最後にゴ

しました。その時は、ゴールする前から、悔しくて、涙が出ました。正直、タイムが伸びず、やめようと思った

こともありました。私の夢は、みんなからはあまり理解されず、「そんなやつの何が楽しいの?」って言われます。で

も、頑張りたいです。

・ 柳川さんみたいに、夢をあきらめないでぶつかっていくことが大切だと思いました。僕は、剣道をしていて、中学

生になって、なかなか勝てなくなってきました。でも、柳川さんみたいに、夢にぶつかっていきます。そして、

将来の夢の警察官に向けて頑張ります。

しかし、葛藤場面の発問に対して、実際に「走ることをやめる」を選択した生徒は26%にとどまりました。「走ることを続ける」が74%で、こちらを選ぶ生徒が多かったことは、道徳的価値の理解における「人間理解」の部分が弱く、人間のもつ弱さに触れさせることができていなかったため、葛藤場面として発問の仕方やそれまでの説明に、もう一工夫必要であったと反省しました。主な課題は次の通りです。

・発問については、「走ることをやめる」「走ることを続ける」の二択よりも、「パラリンピックを目指す」「パラリンピック

をあきらめる」の二択にすると、目標が明確で答えやすいのではないか。

・発問前の説明の段階で、パラリンピックが「4年に1度しかない」事を特に強調しておく必要がある。手立てとして、

「柳川さんの歴史を年表にまとめて貼る」「年齢的に最後のパラリンピックだったことを伝える」等が考えられる。

イ 話合い活動について

実践1では、主人公の葛藤場面を仕組み、その迷いを考えさせる場面で意見交流を取り入れ、自分の意見を相手に伝えるとともに、他の人の考えや自分と異なる意見を知る機会としました。

意見交流

発問に対するそれぞれの意見を班で出し合い、交流する。順に一人ずつ意見を述べた後、質問したり意見を出したりする。

意見交流の流れは次の通りです。

発問「もし、あなたが柳川さんの立場だったら、この後どうすると思いますか。」

(走ることをやめる ・ 走ることを続ける)

@ ワークシートに記入した後、班で意見交流をさせる。

(留意点)意見交流の仕方として、全員の考えとその理由を聞いた後、必ず自分と違う考えの友人に質問したり意見を出し合ったりするように指示する。

A 班の代表が班員の意見を発表する。

「私たちの班は、走ることをやめるが○名、走ることを続けるが○名でした。走ることをやめるの理由が・・・で、走ることを続けるの理由が・・・でした。」

慣れない段階では、意見交流の仕方を具体的に指示することが必要だと考えました。ここでは、班員の意見を知ることを目的とし、それらの意見を班ごとに発表させることを通して全体に広げていきました。全体での発表の際、ある班の代表生徒が、「続ける」の理由を述べたところで、他の班の男子生徒がふと、「人生そんなにうまくいくかな」とつぶやきました。その時点で、「走るのをやめる」という意見が全体的に少なかったため、私自身がこのつぶやきに賛同しながら全体に広げることにしました。「続けるべきだよ」という意見や走るのをやめる理由を個人的に発言する生徒が見られました。全体の話合いでは、このようなつぶやきを、うまく受け止め、全体に広げる手立てが大切だと思いました。

板書例

○生徒の感想の考察

考察の視点

自分なりに価値を発展させていくことへの

思いや課題を記述している。

主人公のすごさ等、主人公についての

感想のみを記述している。

割合
79%
21%
記述内容

生徒A

柳川さんは、足をケガしてもあきらめずに、次の目標に向かって努力しているところがすごいと思います。僕も、柳川さんのように、あきらめずに自分の目標に向かって頑張りたいと思いました。

生徒E

夢は途中であきらめるものではないと思いました。チャンスだと思った時は、ボーッとせずにやってみることだと言うことがよく分かりました。とてもすごい人だなぁと思いました。

生徒B 

柳川さんの生き方を知って、目標を立てること、夢をもつことって大事だなと思いました。私も夢はあるけど、途中で挫折しそうになってしまうことがあるかもしれません。でも、あきらめないで、また一からやり直して夢を叶えられるようにしたいです。

生徒F

柳川さんは、素晴らしい方だなと思いました。一度、足をひどく痛めてしまった。それでも自分は走ることが好きだから続けたいという思いであきらめず、立ち直ることができたのですごいなと思います。しかも、また新しい夢ができたのでよかったと思います。

生徒C 

柳川さんの話を聞いて、「手を伸ばしつかみ取る」「挑戦をする」「夢を見失うな」という言葉を聞いて、とてもいい生き方をしているんだろうなと思います。柳川さんを見習って、私も今もっている大きな夢に向かって突っ走っていきたいと思います。何事にもプラス志向で!あきらめずに!

生徒G 

まず、目が見えなくても、あんなに速く走れるのはすごいと思います。そして、そんなに走れるようになったのは、「円周走」をこつこつと努力し続けた結果だと思います。そして、努力したからこそ、ケガでダメになってとても悔しかったんだと思います。挫折しても、走りたいと思い続けたから、トライアスロンという結論に達したんだと思いました。

生徒D 

柳川さんの生き方について感じたことは、大きな1回の挫折から立ち直ることができた、強い考えです。僕は「自分が柳川さんの立場だったらどうしていた?」という質問に対して、「走ることをやめる」と選びました。僕は、若手の選手が力をつけてくるし、自分の限界を感じてくるだろうと思い、このような選択をしましたが、この学習で学び、自分の考えが変わりました。

生徒H 

今日、柳川さんのことを知って、目が見えないのにマラソンをしてすごいなぁと思いました。ブラインドウォークをこの間やった時、学年ホールを少し歩いただけで怖かったのに、マラソンで走るってすごいなぁと思いました。柳川さんが、パラリンピックに出られなかった時は、残念だったなぁと思いました。でも、新しい挑戦や新しい目標がもててすごいなぁと思いました。

終末の発問では、授業の感想を自由に書かせるのではなく、「柳川さんの生き方を知って感じたこと」と「自分の夢や目標について考えたこと」を書くように具体的に指示をして書かせることにしました。感想を上記の考察の視点で分けてみると、道徳的価値を自分なりに発展させていくことへの思いや課題の記述ができている生徒が79%、主人公のすごさ等、主人公についての記述のみで終わっている生徒が21%でした。

記述を見てみると、生徒Gや生徒Hのように、柳川さんの生き方について考えたことをしっかりと自分の言葉で書いている生徒が見られました。本時の評価の観点は、「自分が抱く夢や目標をもち続け、達成させるために困難や失敗を恐れず、最後までやり抜こうとする意欲をもつことができたか」ですが、ワークシートの枠いっぱいに、主人公の生き方について考えたことのみを書いている生徒の中には、自分の夢や目標について記入する余裕がなかったことも考えられます。そこで、道徳の時間の評価の方法については、道徳の時間以外における、夢や目標についての発言や記述を評価に加味することが手立てとして必要だと感じました。その時間のワークシートだけではなく、学活ノート等の記述や生徒と相対して話す機会をもつことでワークシートに記述しなかった自分の課題や思いを知ることができ、道徳的な感じ方や考え方などを評価することができるのではないかと考えます。例えば、手立ての一つとしてワークシートを道徳ファイルに挟んで提出させます。そして、教師からのコメントに加えて「○○さんの夢は何ですか?」や「○○さんの目標に向けて、これからどうしていきたいですか?」と質問をし、記入を促すようにします。そうすることで、次回の道徳の時間にファイルが返却された際、生徒はコメントを見て、自分の思いを書き加えることも考えられます。


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