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好ましい人間関係を育てる開発的・予防的教育支援の在り方の研究

 高等学校   学級への支援事例 

 
 

(1)生徒の実態 

   
 
学級担任から見た学級の様子(5月) ○進級時は比較的落ち着いていたが、1か月ほど経過したころから、前年度に問題を抱えていた生徒が、生活態度が原因で注意されることがある。
○数人の生徒は学級担任ではなく、養護教諭や他の教師に悩みを話しているのが気になる。
○仲のよいグループに分かれている。
○成績は、他の学級より平均点が上である。特に落ち込んでいる教科はない。
「がばいシート」の結果
(1回目:5月)



〔グラフ1〕学級の様子
*〔グラフ1〕の縦軸の数値は、各観点の回答状況を点数化し、合計したものである。好ましい状態であるほど点数が高く、満点は20点とする。
結果の分析 ○「友達との関係」では、生徒の平均は19.0点で、5つの観点の中では一番高い点数を示している。一方、教師の点数は17.0点で、他の観点と比較すると、点数が高いとはいえない。生徒と教師では友達関係に対する意識の差があるといえる。生徒は仲のよいグループ内の「友達との関係」について回答し、教師は、グループ間も含めた「友達との関係」について、必ずしもよいとはいえないと考えている可能性がある。
○「教師との関係」は生徒と教師で5点近くの差があった。5つの観点の中では最も差がある。このことから、生徒は「教師との関係」が、教師が考えているほどよい状態であるとは思っていないことが分かる。
考察 ○学級担任は、グループ化している友達関係の今後の動向を心配しているが、「がばいシート」の結果にも、そのことが「友達との関係」に対する教師と生徒の意識の差として表れている。そこで、学級全体への支援と併せて、学級内のグループの動向に影響を与えていると思われる2人の生徒(キーパーソン)に対し、働き掛けをするのが有効ではないかと考える。
○学級担任は、まだ担任としての経験が浅く、学級経営に対するプレッシャーを感じている。普段から熱心に生徒の気持ちに近付こうと努力をしているが、生徒にはそれほど伝わっていないことが、「がばいシート」の「教師との関係」からも分かる。「教師との関係」を改善するために、生徒に接する際の工夫が必要である。また、学級担任が気軽に相談し助言を受けることができるような教師間における良好な関係が必要と考える。
         
学級集団への影響を与えやすい2人(キーパーソン)の生徒の様子
学級担任から見た生徒の様子(5月) 生徒A 学級のリーダー的存在
○部活動と学習を両立させている。
○責任感が強い。
○誰とでも公平に接する。
○場をわきまえた言動ができる。 
○精神的に落ち着いた生活をしている。
生徒B 学級のリーダー的存在
○学習には興味が薄い。
○正義感が強い。
○級友からの信望が厚い。 
○自己主張ができ、学級で発言力がある。
○教師に対して不信感を抱いている。
「がばいシート(個人の様子)」の結果
(1回目:5月)
〔グラフ2〕個人の様子(生徒A)

〔グラフ3〕個人の様子(生徒B)

結果の分析 すべて学級平均より上回っている。4つの観点において20点満点中18点以上を付けている。このことは、学級内の人間関係に問題はなく、楽しく学校生活を送っていることの表れであるといえる。 「友達との関係」以外は学級平均より下回っている。特に「教師との関係」は他の観点と比較して点数の低さが目立ち、学級平均との差も6点以上ある。このことから、友達関係のよさだけで学校生活を何とか送ることができているといえる。
考察 学級担任から見た生徒像と〔グラフ2〕から読み取れる生徒Aの様子は、ほぼ一致しているといえる。特に、教師との関係は良好なので、より充実した学校生活を送るためには、教師からの声掛けを日常的に行うことが必要だと考える。 学級担任は、生徒Bは学級内で友達から信頼され頼りにされている存在だと考えているが、〔グラフ3〕の「友達との関係」にもそのことが反映している。しかし、教師との関係性はよくないので、学級担任は生徒理解に心掛けること、また他の教師との連携を図ることも必要だと考える。
   

(2)支援の実際

 

 
 
ねらい        @学級担任は話しやすい雰囲気をつくることを心掛け、生徒との関係性を徐々に深める。
A生徒2人(キーパーソン)の状態を把握し、2人の周辺に安定した友達関係をつくることで、集団の人間関係を高める。
B学級担任が課題解決のために相談できる体制をつくる。
方法 @家庭訪問、個別面談、また、LHR等の機会を利用し、生徒理解に努める。
  関係職員が連携・情報交換をする場を定期的に設ける。
A学級経営上のキーパーソンとなる上記の生徒2名とかかわる機会を増やし、生徒の状態を把握するとともに、学級の状態も随時把握する。
B研究担当者はコーディネーター的な立場で、養護教諭や学年主任と協力しながら、学級担任を通して学級や生徒を支援する。
計画
時期 研究担当者 学級担任 その他
6〜7月 資料提供(「がばいシート」分析結果、支援案の提示、構成的グループ・エンカウンター用ワークシート等)
事後アンケート(教師)
家庭訪問(全生徒)
キーパーソンとなる生徒への支援(11月まで継続)
学年会議(毎週)
8月 資料提供(ソーシャルスキル・トレーニング用ワークシート等)   三者会議@※
9月   個別面談(全生徒) 三者会議A
10月 「がばいシート」の結果の分析 構成的グループ・エンカウンター実施 三者会議B
「がばいシート」A実施
11月 資料提供(「がばいシート」分析結果)
事後アンケート(教師)
分析結果の理解 三者会議C
    
※(担任・養護教諭・研究担当者)
支援の実際
学級担任による構成的グループ・エンカウンター
実施時期 10月 LHR
エクササイズ名 「私はわたしよ」
目的 ○生徒の自己理解・他者理解を促す。
○お互いの思いがけない面を知ることによって、親しみを増す。
○学級担任の生徒理解を深める。
用意するもの 筆記用具、ワークシート1、ワークシート2
手順 〈授業の流れ〉
1 本時の流れを説明する。

2 エクササイズ「私はわたしよ」を行う。
@ワークシート1を配り、「他の人とはちょっと違うところ」「意外な自分の面(性格・趣味など)」または「自分だけが体験したこと」などを3つほど書かせる。
※しばらく考えさせる時間を取り、後で
学級担任が読み上げるので、友達に知られてもよい内容のものを書くように配慮する。また、人に知らせたくないことは書かなくてよいことを確認する。
A時間になったら、教師がワークシート1を回収し、名前は言わずに、全員分を1枚ずつ読み上げていく。
B 読み上げるたびに名前を予想して、ワークシート2に友達の名前を記入する。
C教師は、ワークシート1を読み上げた順番に生徒の名前を言い、生徒はワークシート2の答え合わせをする。
※生徒が書いたことを読み上げるときは、教師はあたたかい言葉を付け加えるようにする。
D生徒にワークシート1を書いているときの気持ちや友達のワークシート1が読まれているときの気持ちなどの感想をワークシート2に書き、グループで出し合う。(シェアリング)
※ 学級全員の生徒分を読み上げる時間がない場合は、帰りのHR等で毎日2、3名ずつ読み上げて、その場でだれのことかを推測させて言わせてもよい。

3 教師の振り返りを話す。
教師は、授業中の生徒の雰囲気を言葉にして返す。
ワークシート1
(見本)
 

※クリックしたら原本(PDFファイル)を見ることができます 。
ワークシート2
(見本)

※生徒の人数に合わせて、マスを増やす必要があります。
  見本は15人用です。
※クリックしたら原本(PDFファイル)を見ることができます。
振り返り・気付き ○ワークシート1に普段自分のことを話したがらない生徒が3つ以上自己紹介の文を書いていた。
○学級担任が1枚ずつ読み上げる際、学級で目立たない生徒や友達の少ない生徒のことであっても、だれのことなのか一生懸命推測する姿勢が見られた。自分のことだと級友が正解してくれたときの本人は嬉しそうな表情をした。
○学級担任は当初、時間をもて余すのではないかと懸念していたが、終了の時間が来たことを惜しむ生徒が多かった。
○学級日誌に「LHRとても楽しかった。次は何をするんですか。」というコメントがあった。
○普段あまり話をしていないように見える違うグループの生徒同士でも、関心をもって互いのことを見ていることが分かり、グループ間の雰囲気が和やかになった。また、学級担任自身も生徒の気持ちや立場を察しようとする気持ちが深まった。
参考文献 「エンカウンターで学級が変わるPartA」 
監修:國分 康孝   編集:國分 久子 岡田 弘  1997年  図書文化社

学級担任による個別面談での工夫
○「がばいシート」の「教師との関係」において、生徒と教師の間に意識の差があることが確認できたので、個別面談もすべての生徒に対して、話しやすい雰囲気づくりを第一に考えて臨んだ。
○ 最初に、朝食の摂取状況や睡眠時間等基本的な生活習慣について、答えやすい質問をするように心掛けた。
○学習状況については、「授業についていけない教科はあるか。」「何の授業が楽しいか。」というような具体的な質問を用意した。
○自分のことをあまり話したがらない生徒に対しては、「学生の頃は○○の教科が嫌いだった。」というように学級担任が自己開示して、雰囲気を和らげた。
○ 友達との交友関係については、生徒それぞれの抱えている問題を聞いて、ゆっくり時間を掛けて、解決策まで導くようにした。
個別面談後の対応
○日常の観察からは、学級の雰囲気になじめず孤立していた生徒が、学級担任との個別面談では「何の問題もない。」と話したので、学級担任は否定をしないで受容的に聴いていた。その後、保健室で「学級で友達がつくれない。学級で自分の居場所を見付けられない。」と養護教諭に相談していたことが分かった。このことをきっかけに、学級担任は、他の教師の協力を得ながら、生徒に関する多くの情報を共有するよう心掛けた。
○自分の抱えている問題を話せる生徒は少ないようなので、普段のSHRや掃除の時間などの何気ないときにでも、生徒の変化を見逃さないように心掛けた。気になったら、身体の調子を聞いたり、部活動での様子を尋ねたりして、声を掛けた。そうすることで、生徒はいつも自分のことを学級担任は見てくれていると感じ、信頼感を深めることができた。

学級担任によるキーパーソンへの支援
生徒A 学級のリーダー的存在
生徒B 学級のリーダー的存在
○生徒A本人が学級担任と積極的にかかわろうとしているので、それに応え、相互理解に努めた。
○学級委員として、学級の意見をまとめるなどの仕事を積極的に取り組んだことに対して、学級担任はねぎらいの言葉を掛けた。
○面倒見のよい性格のためか、クラスメートの悩みを自分が抱え込むことがあるので、学級担任は、日常の様子を観察し、気になるときは話を聴くようにした。
○部活動にも意欲的に取り組んでいるので、学級担任は部活動顧問から生徒Aの日ごろの様子を聞き、試合やその結果について生徒Aと積極的に話をするようにした。
 
○感情の起伏が激しいので、保健室で養護教諭と話す機会を設けることで、気持ちを安定させた。
○生活習慣が乱れることがあったので、生徒指導主任にも協力を仰いだ。
○文化祭などの学校行事で、仕事を任せ、リーダーシップを発揮させる機会を作った。
○生徒Bは、問題を抱えている同じ学級の生徒を見過ごすごとができず、本人がかかわっていない問題に介入しようとするので、学級担任がその思いを認めながらも、友人との適切な付き合い方を伝える機会をもった。
○保護者への連絡を密にすることを心掛けた。
○授業中に声掛けをして、発言する機会を与えたり、提出物を忘れないように注意を促したりした。考査の結果もチェックして、前回より点数が上がっていた教科があれば、努力を認める声掛けをしたところ、本人の満足げな様子が見られた。
 

   

(3)生徒の変容と考察

 

 
 
「がばいシート」の結果
(2回目:11月)
〔グラフ4〕学級の様子
結果の分析 ○〔グラフ1〕の5月の結果と比べ、「教師との関係」以外の4つの観点で、幅は1点前後だが、点数が下降している。しかし、グラフの形は大きく変わっていないので、生徒の点数だけでは、学級の様子が著しく変化したとは判断できない。
○一方、教師の点数は各観点とも2〜3点ほど下がっている。生徒自身が学級の様子の変化に気付いていないのか、または、それほど様子は変化していないけれども、経験を重ね実態が見えてきた教師側の見方が厳しくなったのか、2つの考え方ができる。
○「教師との関係」の生徒と教師の点数の差が縮まった。互いの意識の差が縮まったと考えられる。
「がばいシート(個人の様子)」の結果
(2回目:11月)
〔グラフ5〕学級のリーダー的存在(生徒A)
〔グラフ6〕学級のリーダー的存在(生徒B)
個人の結果の分析 ○すべての項目で学級平均を上回っている。〔グラフ2〕の5月の結果と比べても点数が上昇している。このことから、学級内での人間関係がよい状態で安定しているといえる。
○5月の結果より「授業への意欲」の点数が上昇している。学習に対しても意欲的に取り組んでいるようである。
○「学級の雰囲気」「友達との関係」「自己存在感」は学級平均を上回っている。
○「授業への意欲」は〔グラフ3〕の5月の結果より下降している。
○「教師との関係」は学級平均より下だが、5月の結果より5点上昇している。
○このことから、依然として「授業への意欲」は低いままであるが、学級の中では居心地がよいと感じ、教師との関係性が改善されてきたといえる。
変容と考察


    
○学級内で、夏季休業を境に、年度当初では分からなかった友達とのトラブルや学習におけるつまずきなど様々な問題を抱えている生徒の実態が見えてきた。そのことが11月の2回目の「がばいシート」で4つの観点の点数が下降していることに表れていると考える。
○学級の様子を表すグラフの形が大きく変化していないのは、学級内で問題が発生したときに、生徒自身が考え、解決できるように、学級担任を中心に関係職員で迅速な対応をしてきたことに関連があると思われる。
○生徒の気持ちを理解するためにきめ細やかな対応を心掛けてきたので、学級担任と生徒との関係性はよくなっているといえる。
○学級担任がかかわったキーパーソンとなる2人の生徒は、11月の2回目の「がばいシート」結果からも分かるように、学級内で自分の役割を認識し、安定した状態を保っている。そして、学級の重要な場面でそれぞれ他の生徒の気持ちの代弁者となるなど、リーダーとしての役割を発揮しつつある。
   

(4)今後の取り組み

 

 
 
○構成的グループ・エンカウンターや個人面談の工夫などの開発的・予防的教育支援を中心に行ってきたことが、11月の2回目の「がばいシート」の結果の「教師との関係」の点数の上昇として表れている。その反面、点数が伸びていない「自己存在感」「授業への意欲」に関しては、支援が十分でなかったといえる。今後は、生徒一人一人に学校行事や係活動において役割を与え、他者から承認される機会を増やしていく。また、計画的に学習ができるように、各教科担任と協力しながら支援をしていく。
○生徒の取り組みやすい構成的グループ・エンカウンターを日常的に取り入れ、生徒の自己理解・他者理解を促すと同時に、教師の生徒理解の手段としても引き続き活用したい。また、その効果を「がばいシート」で確認しながら続けていく。
○学級担任がかかわった2人の生徒は、リーダーとして成長過程にあるので、このまま支援を継続していく。また、2人を中心とした学級内の人間関係に常に配慮する。

 

 

 
     構成的グループ・エンカウンター「私はわたしよ」  
                                                 ダウンロードできます      ワークシート1     ワークシート2

 

  


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最終更新日: 2010-03-24