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好ましい人間関係を育てる開発的・予防的教育支援の在り方の研究

  中学校  学年への支援事例

(1)生徒の実態 

   
 
対象 2学年(60名)
関係職員(各学級担任、教育相談担当、養護教諭)から見た学年の様子
(5月)
 
人間関係づくりの体験が不足している。
○会話が言葉の羅列で行われるなど、コミュニケーション力が不足している。
○思いやりに欠ける言動が見られることがある。
○決まった友人関係で行動することが多い。いくつかに小グループ化している。
教師の指示が通りにくい状況がある。
○状況に応じた言動を取ることが苦手である。
○学級や学年として活動するときに、まとまりにくい状況がある。
学年で取り組む理由 ○生徒の実態として似たような学級の雰囲気である。
○5観点のうち、4観点(「学級の雰囲気」「友達との関係」「自己存在感」「教師との関係」)が近い点数を示した。
○これまでの指導においても、学年主任を中心とした学年での指導形態を取っていることから、学年共通の一斉指導と支援が効果的であると考えた。
「がばいシート」の 結果
(1回目:5月)
 

〔グラフ1〕学年の様子

*〔グラフ1〕〔グラフ2〕の縦軸の数値は、各観点の回答状況を点数化し、合計したものである。好ましい状態であるほど数値が高く、満点は20点とする。
結果の分析
○「友達との関係」が17.3点で、1番高く、次に「自己存在感」が高い。しかし、「学級の雰囲気」が低い。このことから、各学級において生徒が小グループ化している状況があり、仲のよい友達の中では自分の存在感を感じることができていると考えられる。
○「教師との関係」は13.7点で1番点数が低く、生徒は教師とのかかわりをうまくもつことができていないのではないかと考えられる。
考察
○「学級の雰囲気」より「友達との関係」の点数が高くなっていることと、関係職員からの事前の聞き取りから、各学級において生徒が小グループ化している状況があると考える。これは生徒が仲のよいグループの中での意思表現は容易であるが、集団の場になると、その場に合った表現のスキルが不足していることが原因の一つと考える。
○「自己存在感」は「友達との関係」の次に点数が高い観点であった。これは日常の観察から考えても、仲のよい友達との付き合いでは自分の存在感を感じることができているが、その他の級友とのかかわりが少ないのではないかと考えられる。 このことは、自己表現スキルの不足が考えられるとともに、学級で個人が認められる場が少ないのではないかと考える。
○「教師との関係」においては、教師との日常的なコミュニケーションは取れていても、指導場面等では、気持ちや思いがうまく伝わっていないのではないかと考える。教師自身がこれまでの伝え方を振り返り、見直しや工夫を図ることが必要ではないかと考える。

○これまでの支援の方向性を考えると、点数の低い観点に対して、その改善を図る方向での支援を考えがちであったが、点数の低い観点に着目するより、現段階で生徒がスムーズに行うことができている「友達との関係」に着目することで、その他の4観点の向上をねらった。1番点数の高い「友達との関係」において、小グループでの友達関係から段階的に関係を広げていく手立てが有効と考える。
○学級の集団としての力を発揮させるために、関係職員の日常の観察や「がばいシート」の結果から考えた意図的なグルーピングを行い、構成的グループ・エンカウンターを用いての手立てを考える。
○適切な言語によるコミュニケーション力が不足していることから、言葉を使わないエクササイズから、言葉を使うエクササイズへと展開をしていくことが有効ではないかと考える。
 

(2)支援の実際T

 

 
 
ねらい
 
○決まった友達関係での行動が多いという生徒の実態から、意図的なグルーピングを設定し、授業での活動を通して、いろいろな友達のよさを再発見させる。
言葉を使わないコミュニケーション活動を体験することで、表現することの楽しさ、気持ちが通じることの心地よさを味わわせる。
方法
○研究担当者と学級担任がティームを組み、ティームティーチングによる授業実践を行う。(7月・全クラス)
○小集団からの取り組み(日ごろのかかわりの多い、または抵抗感が少ない生徒同士のグルーピング)から、人数を広げていく取り組みを行う。生徒が取り組みやすいよう、言葉を使わないエクササイズ(描画法)を実施する。
「がばいシート」の実施A(7月・全クラス)
○結果分析(8月)
支援の実際
〈授業前の配慮〉
○意図的グルーピング…学級担任の日常の観察から、関係性のよい生徒同士、またはリーダーシップの取れる生徒と消極的な生徒等の組み合わせを行う。
○授業前に、担任による意図的グルーピングで決められた2人を隣同士に座らせておく。
○授業中に4人組のグループを作るため、グループにしてもよい2人組を前後に配置するように配慮する。


〈用意する物〉
○A4(又はB5)の画用紙、八つ切り画用紙、サインペン、クレヨン、クレパス、色鉛筆

〈授業の流れ〉
1 言葉を使わないエクササイズ「テレパシー」を行う。
@意図的グルーピングで決められた2人で、ペンや筆箱など持ちやすい道具を決める。
A道具の端を持ち、それを持ったまま、それぞれが数字の1〜3のうち、1つを決める。
Bその数字を頭の中で10秒間念じて、道具を通して相手に伝える。
C研究担当者が合図の声を掛けで、互いが決めた数字を言う。
Dこれを3回繰り返す。
E数字が合ったときの気持ち、合わなかったときの気持ちを出し合う。

2 1人ぐるぐる描き(スクリブル)…1人で誘発線を描き、その線からイメージできる絵をクレヨン等で描く。
※生徒が絵を描いている間は、なるべく話をしないように前もって言っておく。
@ A4(又はB5)の画用紙に、サインペンで端から1pぐらい空けて枠を描く。
Aサインペンでぐるぐる描きをする。
Bその線を見て、イメージできるものをクレヨン、クレパス、色鉛筆を使って絵にしていく。

3 2人組でのぐるぐる描き(スクィグル)…互いに誘発線を描き、相手がその線からイメージできる絵をクレヨン等で描く。
@A4(又はB5)の画用紙に、どちらか1人が枠を描く。
Aその用紙にぐるぐる描きをして、相手に渡す。
B渡されたら、描かれた線からイメージする物を絵にしていく。絵を描いている間は、線を描いた方は絵が完成するまで見守る。
C役割を交替して、@〜Bを繰り返す。
D互いに描いた絵を見せ合い、感想を出し合う。(絵の出来ばえには触れず、見守っていたときの気持ち、絵を描いていたときの気持ち、できた絵に対してどのようなことを感じたかなどを出すように生徒に促す。)

4 4分割でのスクィグルと物語づくり
@次に八つ切り画用紙に枠を取り、4分割する。
A上記の3A〜Cまでの手順でそれぞれ絵を描く。
Bその絵を使って物語を作る。
C4人組を作り、それぞれに完成した絵で物語を発表し合う。
D4人で、感想を出し合う。(絵の出来ばえには触れず、見守っていたときの気持ち、絵を描いていたときの気持ち、できた絵に対してどのようなことを感じたかを出すように生徒に促す。)
E授業の感想を書く。  授業の感想記録用紙はこちら
《参考例》
スクリブル…1人ぐるぐる描き(1人で誘発線を描き、その線からイメージできる絵をクレヨン等で描く。)
スクィグル…交互ぐるぐる描き(互いに誘発線を描き、相手がその線からイメージできる絵をクレヨン等で描く。その後、描いた絵を使って物語を作る。)
振り返り・気付き ○クレヨンやクレパスを使って絵を描くという活動で、言葉を使う活動より抵抗感が少なく取り組むことができていた。
○絵を描く道具が軟らかく、それが生徒の心理的な退行につながり、緊張感が和らいでいた。
○特に描いた絵を使っての物語づくりでは、自然に生徒同士の座った距離が縮まったり、笑いが出たり、拍手が起こったりしていた。
○授業後の感想では、「楽しかった。」「私が描いた線がこんな絵になるとは思っていなかった。」「相手がうまく絵にしてくれて嬉しかった。」などの感想が多くあった。
○言葉を使わない活動でも、十分に相手の気持ちを察することができる楽しさを味わわせることができた。
   
(3)生徒たちの変容と考察T 
 
 
「がばいシート」の結果         
(2回目:7月)
   
 
〔グラフ2〕学年の様子

結果の分析
○前回と変わらず、「友達との関係」が、1番高い点数を示している。このことは、「友達との関係」に大きな変化は見られないと考えられる。
○「自己存在感」も前回より上昇した。これは、表現することの楽しさや学級で認められることを体験する機会が増えたからではないかと考えられる。
○「教師との関係」は14.2点で、点数が上昇した。 このことは、生徒と教師のかかわる機会が増えたからではないかと考えられる。
変容と考察 ○「友達との関係」は、高い点数を維持した。このことは事前に学級担任による意図的なグルーピングの設定で、エクササイズに抵抗感を感じることなく取り組むことができ、その他の級友とのかかわりが少しずつ広がってきていると考えられる。
○「自己存在感」「教師との関係」の点数の上昇の要因として、エクササイズの内容(描画法)が、生徒にとって取り組みやすい内容であったこと、作品に対して教師の評価を気にしない内容であったこと、取り組んだ内容を発表して楽しい雰囲気での授業であったことが考えられる。
○点数の高い観点に着目した支援を行うことで、全体の点数が上昇した。これは、学級のよい点に着目した支援をすることで、学級全体の人間関係をよりよい方向に導くことができたと考える。
○関係職員との打ち合わせの中で、状況に応じた言動が身に付いていないことや思いやりに欠ける言動が多いことが確認できたので、2回目の授業では、「学級の雰囲気」を高めるために、学校行事を意識した内容に取り組むことが必要であると考える
 
(4)支援の実際U
   
 
ねらい
 
元気が出る言葉の掛け方、励まし方を知らせ、他者理解を促す。
状況に応じた言動を取ることが苦手であることから、学校行事(職場体験学習、文化発表会、合唱コンクール)に向けた取り組みを通じて、ソーシャルスキル・トレーニング取り入れた授業を行い、学校生活に生かす。
方法 ○研究担当者と学級担任がTTで、授業実践(9月・全クラス)する。
○生徒自身が元気が出る言葉掛けや、掛けてほしい言葉、励まし方を出し合う。
○チャレンジ週間(10月・全クラス)
授業後に、チャレンジ週間(授業で学んだ人付き合いを円滑にするための様々なスキルを意識して体験し、そのスキルを段階的に身に付けさせる期間)を一週間設ける。
「がばいシート」の実施B(10月・全クラス)
○結果分析(11〜12月)
支援の実際 〈授業前の配慮〉
○事前に学級担任は意図的にグルーピングをしておき、授業前に決められた2人組で隣同士に座るように指示をしておく。
事前に知らせておいてもよい。
○授業の後半は4人組で活動するので、前後の2人組をいっしょにしてもよいように考えて、2人組を配置しておく。

〈用意する物〉
○ワークシート(失敗したときに言われたくない言葉表、自分の好みの励まされ方チェック表)

〈授業の流れ〉
元気が出る言葉掛けや、掛けてほしい言葉、励まし方を考える。
1 ワークシートに「失敗したときに言われたくない言葉」を9個考えて記入する。
2 学級全体で「失敗したときに言われたくない言葉」をゲームで出し合う。
3 ワークシートに自分の好みの励まされ方をチェックする。
4 グループで、自分の励まされ方を参考に話し合う。
5 元気が出る言葉の掛け方、励まし方を確認する。
6 チャレンジ週間についての説明を聞く。
7 授業の感想を書く。  授業の感想記録用紙はこちら

〈チャレンジ週間(授業後1週間)〉
○学んだ言動を、日常生活で意識することなく使うことができる(般化)ようにする。学年所属教師や学級担任が、生徒に意識的に声掛けを行ったり、うまくできた行動場面を見付けると、その場で賞賛したり、他の生徒に紹介する場面を設定したりする。さらに、その行動の定着(強化)を図り、その状況における望ましい言動の出現頻度を高める。
○チャレンジ週間についてのアンケートを実施する。  アンケート用紙はこちら
振り返り・気付き ○普段の会話では受け流しているような言葉でも、文字に起こしてみることで、言われたくない言葉の多さを実感することができたようであった。
○実際場面の言葉として、移動教室で荷物が多いときなどに、「少し持とうか。」や、掃除の時間では「手伝おうか?」の言葉掛けができたという感想が書かれていた。また行動面では、給食準備時におかずをこぼしたときに「□□さんが一緒に拭いてくれた。」、部活動では「失敗したときにドンマイ、ファイト!と言ってくれた。」などの記述が多く見られた。
○励まし方では、「そっとそばにいてくれる方がいい。」という意見を聞いて、言葉掛けばかりでなく、行動面での励まし方があることを知ることができた。
○相手に応じた励まし方を知り、状況に応じた言葉掛けの大切さを知ることができたようであった。
○チャレンジ週間を設定し、授業で理解した内容を意識的に学校生活で活用することで、最初は恥ずかしがっていた生徒も、少しずつ抵抗感を感じずに取り組むことができていた。
   
(5)生徒たちの変容と考察U
   
 
「がばいシート」の結果
(3回目:10月)
 
〔グラフ3〕学年の様子

結果の分析
○1回目と比較すると「学級の雰囲気」は1.0点、「自己存在感」は0.9点、の上昇が見られた。このことから、学級の小グループ化が改善され、集団で認められることを体験できたと考えられる。
○「友達との関係」の点数は、高い点数が維持されている。安定した友達関係が保たれていると考えられる。
○「教師との関係」は、1回目から3回目まで徐々に上昇している。このことは、生徒と教師の日常のかかわりが増え、生徒が教師に対しての信頼関係が深まったのではないかと考えられる。
変容と考察
○「学級の雰囲気」の点数が上昇したことは、授業を行った時期が、学校行事(職場体験学習、文化発表会、合唱コンクール)の事前であり、そのことで仲間意識を高めるきっかけにつながったのではないかと考える。
○「自己存在感」の点数が上昇したことは、学校行事等で、それぞれの役割で協力して活動したり、できたことを学級や学年で認められたりした体験できたためと考える。生徒の中に、これまでに見られなかった互いの活動を認めるような、支持的な雰囲気ができたためと考える。
○実際の生活場面で、授業で行ったソーシャルスキル・トレーニングを意識的に活用することで、友達から「ありがとう」「嬉しかった」と声を掛けられたりすることが増えた。そのことが生徒の感想の中で、多く出ていた。このことで更に「自己存在感」が高まったのではないかと考える。授業で学んだスキルを、行事の中で生徒が自然に活用できるように身に付けさせたことは、効果的であったと考える。
○「教師との関係」の点数が上昇したことも、学校行事に取り組む中で、生徒と教師との関係性が高まった結果であると考える。教師の生徒の活動に応じた、タイミングを逃さない働き掛けや声掛けなどは効果的であったと考える。
   

(6)今後の取り組み

 

 
 
○生徒の実態は変化しやすく、それに応じた支援については、今後も随時継続して行っていく必要がある。今後も「がばいシート」を継続的に使用し、教師の生徒理解につながるような動機付けや意識付けを行っていく。
○「がばいシート」を定期的に実施することで、生徒の実態把握に努めるとともに、学級内や部活動内でのトラブルの未然防止や問題行動の早期発見、予防的な生徒支援につながると考える。
○状況に応じたコミュニケーションの取り方について学ぶ機会を繰り返し与えることは、大切である。授業や日常の学校生活で、具体的な場面を設定することで、引き続きチャレンジ週間の設定を継続していく。
                                                       

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最終更新日:2010-03-03