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対象を立体的にとらえる力を養う指導法を提案します

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○ 指導の意図と授業の実際

作者の思いを知る。
 

 

本時では、最初に新学習指導要領において重視されることとなった「鑑賞」について取り組んだ。生徒の意欲を高めつつ、作品の色や描画されている内容から、作者の「思い」を読み取っていくということをねらいとした。また言語活動を意識した取り組みとして、自分なりの言葉で絵の主題を考え、タイトルを付けるという取り組みや、第一印象を中心とした感想をワークシートに書かせる取り組みを行った。

図1 タイトルを考える・絵を見ての感想を書く学習で、生徒が書いたワークシート


 「タイトルを考える」という活動が、単に映像として絵を見るだけになりがちな鑑賞活動を「絵を読み取る」という活動にまで深めることができているということが、生徒のワークシートに書かれた記述などからも分かる。提示した絵については、生徒の「読み取り」をしやすくするために、すべて人物画を選んだ。
  今回、生徒が取り組むのは工芸・木彫という題材であるにもかかわらず、導入において生徒になじみのある絵画の鑑賞に取り組んだ意図は、工芸・木彫も含めた美術作品全般に共通する「作品に込められた思い」を考えることの大切さを学ぶということを学習のねらいとしたからである。

 

美術の中の工芸について知る。

 

 

単に彫るだけの作業中心の題材とならないための工夫として、今回取り組む工芸・木彫が表現のジャンルの1つということを意識させるために、美術における表現ジャンルの整理を行った。平面作品や立体作品の中で生徒の印象に残るような作品をいくつか示し、木を素材とした彫刻としての木彫と、工芸作品の素地としての木彫を比べさせ、今回取り組む「木彫による装飾」の歴史と美術全体の中の位置付けを生徒に確認させた。


今回の工芸・木彫におけるテーマについて学習する。

 

 

 

この日の授業の最後に、「篤姫の小箱」というテーマで制作することを生徒に伝えた。これまでは発想・構想の能力を養うための手段や活動については、その教師の力量に負う部分が多く、アイデアやデザインなどは生徒それぞれが自由に考え、教えられた彫り方で彫っていくというパターンの授業が多かったように思える。しかし、発想についてのすべてを生徒任せにしてしまった場合、アイデアがなかなか思いつかずに苦労する生徒が見受けられたことも事実である。このような現状は、美術科で養わなければならない「発想や構想の能力」についての的確な指導がなされていないことを意味している。そこで今回は、生徒がある程度自由にイメージできる余地を残しつつ、いろいろな美意識や日本の伝統的な様式、木彫の特徴的な表現などを学んでいけるようなテーマ設定を行うこととした。篤姫という人物像を調べていく過程で、篤姫の生き様や篤姫が生きた時代の時代背景などを知ることで、「篤姫の小物入れ」に対しての生徒なりのイメージを広げることができると考える。そのイメージと学習した表現様式を関連付けながら、表現活動を行うことをねらいとした。指導としては、生徒に対して篤姫について自分なりに調べてくる課題を課し、その課題については授業の中でも取り上げることとした。課題については、フェルドマンによる批判学習(注3)の手法を参考にした観点を設定し、ワークシートにまとめるように指導した。

 テーマを 「篤姫の小物入れ」とした理由はいくつかある。まず第一に、ちょうどNHKの大河ドラマで篤姫が放送されている時期でもあったので、篤姫に関する資料が生徒にとっても入手しやすい状況にあり、ドラマを見ることでその人物像を容易に知ることもできると考えたためである。第二の理由として、聖徳太子のような、誰もが知っている歴史上の人物は固定概念が強すぎてしまい、イメージが偏り、新たな発想につながりにくいと考えたためである。第三の理由として、敢えてテーマを「篤姫の小物入れ」という暗喩にすることで、生徒自身が篤姫にプレゼントする小箱をイメージしたり、篤姫が持っていた小箱を想像したりするなど、そのイメージが広がりやすいと考えたためである。

 このようなテーマ設定による指導法の課題としては、「自分は教師が設定されたテーマとは別のテーマで制作に取り組みたい」と考える生徒がいた場合である。今回の授業では、こういったケースにおいては、その生徒の意志を尊重し、自分が取り組みたいと思うテーマについてじっくりと考えてからアイデアスケッチに取りかかるよう指導した。その際も、教師が当初に意図していた授業のねらいは確実に達成できるよう十分に配慮をした。

図2 この日の課題で、生徒が調べてきたワークシート



       

篤姫について知る。
 

 

本時では、「テーマ設定」についてのグループ批評などを通してイメージを深めていく活動を行った。このことは新学習指導要領で明記された「発想・構想の力」を養うということをねらった活動である。

 課題のワークシートはあらかじめ回収しておき、それぞれの生徒が調べてきた内容についてコメントを書いた。授業時数が週に1時間しかない美術科では、授業中に生徒が書いたアイデアスケッチや鑑賞などのコメントに対して、机間指導しながら、じっくりと個別指導する時間や、生徒全員が発表する時間などは十分に確保できないのが現状である。そのため、生徒一人一人に個別に対応するための手立てとして、ワークシートの活用はとても効果的であった。教師のコメントを記述する際は、課題の取り組みに対する称賛などにより、生徒の意欲を喚起したり、調べた内容の中でアイデアスケッチのイメージにつながる点を焦点化できるようにアドバイスしたりするなどを意識した。

図3 生徒が課題として調べてきた内容について、コメントを書いたワークシート



 

  授業では、まず、生徒が調べてきた篤姫の人物像について、数名の生徒のワークシートをあらかじめ画像としてパソコンに取り込んでおき、プレゼンテーションの形で紹介した。できるだけ多くの生徒のいろいろな考え方を紹介することで、学級全体での共有化を図り、自分が調べた内容だけではなく、より多くの情報からアイデアを構想できるように配慮した。

図4 生徒の感想を提示した様子





 その後、グループ活動を位置付けて、調べてきたことに対してのグループ批評を行った。十分に課題に取り組むことができなかった生徒に対しても、グループの中で教え合うことができるように配慮し、全員が篤姫の人物像に対して、自分なりのイメージがもてることをねらった。ある程度、話し合いが進んだところで、グループの代表者に意見を発表してもらい、出された意見を板書した。授業では、活発な意見交流が行われ、篤姫の人物像について、「男性的」「自由奔放」「強さと優しさ」などといったさまざまな印象が生徒の中から出てきた。それらの発言を取り上げながら、言葉からイメージできる形についても例示して、それぞれの生徒がもつ篤姫のイメージに合った木彫の装飾デザインとはどういうものがあるかということを考える学習へと移行した。

  これまでの自分の指導経験で最も難しいと感じているのが、次の「発想や構想の能力」にかかわる段階である。言語で思い浮かべた「イメージ」を、どのようにして造形的な「形」に変換するかという段階であるが、この発想するという段階で戸惑う生徒が多く、学習活動が停滞する場合が多い。

  今回の授業では、新学習指導要領における〔共通事項〕の「ア 形や色彩、材料、光などの性質や、それらがもたらす感情を理解すること。」という指導内容を踏まえ、NHKの大河ドラマ「篤姫」のオープニング映像を例に挙げて指導した。その表現が前時に鑑賞したクリムトの「接吻」の表現様式であることや、男性的なイメージを表現する形として長方形の装飾が服飾デザインに使われていることなどを紹介した。その後、連想ゲームのような発想法を用いて、できるだけ気負わず自由に発想できる雰囲気を作り、生徒同士の対話や教師との話し合いの中で形を発想していけるように心掛けた。このような学習を通して、生徒は自由に発想することの楽しさを感じ取り、イメージするということを必要以上に難しく考えなくてもできるということを体験的に学んでくれたと思っている。


 いろいろな彫り方について知る。
 


  本題材で取り組む「木彫装飾」において、テーマ設定による発想や構想の能力の指導と、どのような彫り方、つまり表現技法があるのかということの指導を行った。一般的には、「はじめに彫り方を学び、次にアイデアを練る」という順序で授業が進められることが多い。しかしながら、本題材においては、はじめにアイデアを考え、次に彫り方についての学習を位置付けた。このような順序にした理由は2つある。1つ目の理由は、従来の指導の流れの場合、生徒が木彫の表現技法を必要以上に意識してしまい、安易に彫ることができるデザインを選びがちになり、造形的発想が乏しくなる可能性が考えられるためである。2つ目は、テーマ設定につながる鑑賞指導を最初に行い、できるだけ制作に対しての意欲を高めてから、必然性をもって表現技能の習得に取り組ませた方が、生徒の意欲も高まるのではないかと考えたためである。


  ここでの指導法は、プレゼンテーションソフトを用い、資料集に示されている彫り方を中心に、使う彫刻刀、彫る手順、実際に彫っている動画などを使って説明することとした。このソフトにおいて「構成力」と「思考力」を養う工夫として、彫る手順を紹介する際に、3つの視点(真上・真横・斜め)から見た彫り方をアニメーションで作成したものを提示した。このアニメーションのよい点は、立体を見るときに大切な3つの視点を意識させることができ、生徒は自分が作りたいと思ったイメージを立体としてとらえやすくなると考えられる。具体的には、まず初めに、立体作品の制作に必要な「多視点から立体の構造を考える力(構成力)」を身に付け、次に「アイデアスケッチから設計図を描く際に必要な力(思考力)」を身に付けることをねらいとしてソフトを開発した。また、「表現力」を養う手立てとしても、実際に木彫を彫っている動画を見ることにより、量感を伴う資料となるように工夫した。
 

この日の展開では、プレゼンテーションソフトを使った彫り方の指導について、どのような種類があるのかということの紹介と簡単な説明までとした。木彫の「彫る」という作業で具体的にどのような形の立体が表現されるかということに気付かせることを中心に指導を行った。

図5 ソフト「いろいろな彫り方」を紹介している様子

  課題としては、いろいろな彫り方を紹介する時間が短くなってしまい、アイデアスケッチをうまく木彫装飾デザインへと結び付けることができない生徒がいたという点である。この点については、後日集めたワークシート上での個別指導で対応した。また、このプレゼンテーションソフトについては、作業中にも生徒が必要と思ったときは、自由に見ることができるようにして、表現技術の習得に役立てた。

 アイデアスケッチを描く。
 

 

それぞれの生徒がもっている篤姫のイメージを、具体的に木彫で表現するにはどのようなデザインがよいかということをアイデアスケッチとして描き表す作業を行った。アイデアスケッチの仕方としては、自分がもつイメージを言葉で表現しても、簡単なスケッチで描き表してもよいとした。ただし、必ず他の人に分かる内容とすることを確認した。これは新学習指導要領「A 表現 (2) イ」の「伝えたい内容を多くの人々に伝えるために、形や色彩などの効果を生かして分かりやすさや美しさなどを考え、表現の構想を練ること」という指導事項にかかわる指導である。この後、机間指導を行い、最後にアイデアスケッチを次時までの課題とすることを生徒に伝え、授業を終えた。

 アイデアスケッチを鑑賞し合う。
   

本時の導入では、前時の授業と同じように、事前にコンピュータにデータとして取り込んでおいた生徒のアイデアスケッチをいくつか紹介した。自分が作りたいイメージを箇条書きで書いたものや、簡単なスケッチを描いたもの、スケッチに詳しく説明を入れたものなど、生徒は様々なアイデアスケッチを描いていた。紹介するときに、別の生徒に感想や見て感じたイメージを発表してもらい、次にそのアイデアスケッチを描いた生徒の思いを聞いた。これは自分が描いたスケッチの意図が第三者にきちんと伝わっているかということと、鑑賞した側が作者のねらいを読み取ることができていたかということを確認するためである。数名の生徒のアイデアスケッチを紹介した後、3〜5名のグループをつくり、グループ内でお互いに描いてきたものを見せ合う相互鑑賞を行った。自分のイメージと見る側のイメージが同じか、それとも違うイメージかということを中心に確認させた。ここで友達からいろいろなアドバイスを受け、後の制作の参考にしている生徒もいた。

図6〜8 プレゼンテーションソフト生徒のアイデアスケッチを紹介している様子



  

 正投影図について知る。
 

 

ここでは、アイデアスケッチを基に装飾デザインを平面図に描く作業を行った。まず最初に、立体を平面に描き表す方法をいくつか紹介した。今回の授業では正投影図を用いることを指導し、1つの立体をどのように考えて、3方向から見た図面に表すかということと、反対に、3方向から描かれた図面を見て、頭の中で1つの立体をイメージすることについて、プレゼンテーションソフトを用いて説明した。ICTを使ったアニメーションは、図面を黒板に掲示する場合よりも、図に動きを加えることができるため、より具体的に生徒にイメージをつかませることができた。このことは授業後の生徒のアンケート結果からも分かる。

図9〜10 立体を平面で表す方法の説明


 プレゼンテーションソフトを使って学習する。
 

立体を平面で描き表す方法及び、平面から立体をイメージする方法を学習した後、図面にデザインを描く作業に入った。このとき、前時の授業で紹介した「彫り方の種類」を自分で確かめながら、デザインの図面を描くことができるように、教室に3台のパソコンを用意し、プレゼンテーションソフトを準備しておいた。これは、自分が作りたいと思っている装飾デザインが、どの彫り方や技法を用いれば彫ることができるかということを、生徒自身が必要に応じて何度でも確認できるようにしたものである。つまり、作りたい「形」を具現化するときの支援の手立てとしてICTを活用したといえる。
  このプレゼンテーションソフトは、今回の研究テーマである「対象を立体的にとらえる3つの力(構成力・思考力・表現力)」を身に付けることができるように、いくつかの点に考慮しながら制作した。まず、生徒一人一人の個人差に考慮し、自分でソフトを操作し、理解できるまで繰り返し何度も見ることができるようにした。動画についても、教師や生徒が映像を自由に止めたり、早送りしたりできるようにしている。また、1つの彫り方について、説明用のアニメーションと実際に彫っている動画の2つを盛り込むことで、生徒がもっている作業イメージと実際に作業したときのずれを防ぎ、装飾を立体として的確に把握しながら作業できるように配慮した。これまでの美術の授業では、生徒に作業方法を説明する際、生徒を教師の周囲に集めて作業を演示することが多かった。この際、教師の手元が見えにくかったり、1度しか見ることができなかったり、すべての生徒がきちんと見ることができないというようなことがあった。ICTを活用すれば、生徒が自分自身で納得いくまで見ることができ、パソコンの台数があれば複数の生徒が同時に作業内容を確認することができる。教師にとっても、見せ方を工夫することができ、映像の中に補足説明を加えて、より分かりやすいものへと加工することもできる。なにより、生徒が自分で学習を進めていくことができるという点が意欲向上へとつながると考えたのである。

図11 ソフトを操作する生徒の様子

                

10
 3種類の平面図を用意する。
 

アイデアスケッチで固まってきたイメージを、木彫装飾デザインにするための工夫を行った。本題材では、下書き用の用紙として、木箱を正面、真横、真上から見た3つの原寸大の図面を3種類用意した。この3種類の違いは、補助線の違いである。

これらの図面については、アイデアスケッチのイメージを描く際に使いやすいもの、生徒に選ばせるようにした。

@ 補助線を全く入れていない図面 A縦と横に方眼用紙のように補助線を入れている図面 B等軸測投影図で用いられる斜めの補助線を入れた図面

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最終更新日: 2009-03-25