「食べる」ことから考えよう!−生徒自身が気付き、考える場面を重視した「食」の授業づくりの提案−

 1 研究の概要
(1) 研究テーマ

体験を通して学んだ知識・技術を実践に生かす力をはぐくむ食育の指導方法の工夫

 −生徒自身が気付き、考える場面を重視した授業づくりを通して−

 
(2) テーマ設定の趣旨
 
(ア) 日本の「食」の現状と生徒の実態および指導の実態

人間にとって「食」は、単に生きるためだけの手段ではありません。私たちは、保存方法や調理法、味付けを工夫することでおいしさを追求し、高度な食文化を築いてきました。「食」は生活のあらゆる場面で、社会性の創造や文化の伝承等の重要な役割を担っています。「飽食の時代」と言われる昨今の日本では、世界中の食材・料理が手に入る一方で、食料品売り場から旬が失われ、食糧自給率の低迷、残飯の多さ、食事形態のくずれに象徴される食生活のゆがみが生じています。また、お金さえ出せば何でも手に入る環境に育った生徒たちは、家庭での調理や裁縫などの実体験、自分の目で納得のいくものを選び取るという意識や経験が乏しくなっています。

平成19年度に国立教育政策研究所が行った「特定の課題に関する調査」の調査結果から、中学校の技術・家庭科(家庭分野)では、実践的・体験的な学習活動や地域の実態に合わせた工夫を取り入れ、家庭での体験不足を補う授業展開が工夫されていることが分かります。一方で、問題解決的な学習や調べたことを発表させるなどの言語活動や、個に応じた指導についての課題が残ることが指摘されており、体験を通して学んだ知識・技術を生かす授業展開については十分であるとはいえません。

上記の調査結果を受けて、佐賀県の中学校の生徒の実態について、質問紙によるアンケート調査とその結果の分析を行いました。結果の一部を次に紹介します。

アンケート調査結果と分析

「特定の課題に関する調査」における質問事項のうち、食生活に関するものをピックアップし、平成21年6月に、佐賀県内のA高校の1年生160人を対象に質問紙によるアンケート調査を行いました。生徒たちが中学校までの間にどのような学習をしてきたのか、また、どのような学習に興味をもっているかといった実態を調査しました。主な結果については以下のとおりです。


9割以上の生徒が、「家庭分野の学習は役に立つ」と回答しています。「役に立たない」と回答している生徒は1人もいませんでした。
  また、「家庭分野の学習が好きだ」「調理実習が好きだ」と回答している生徒も9割以上いました。

 このことから、家庭科は生徒の興味・関心が非常に高い科目だといえます。

「献立を考えることが好きだ」 「自分で考え、工夫することが好きだ」と回答している生徒は、6割程度にとどまりました。
  このことから、家庭科の位置付けが、「食べられる」「楽しく実習できる」ことにとどまっているのではないかと思われます。
  高校では、科学的な視点を取り入れながら生徒の知的好奇心を引き出し、高めるような授業を工夫していくことが大切です。


 家庭分野の学習に関することで、分からないことや興味・関心をもったことについて、自分から調べようとするなど、自主的に取り組んでいる生徒は4割にとどまりました。ほとんどの生徒が役立つ教科だと回答している割には、学習した内容に関して、自主的に取り組むことは、十分にできていないと思われます。自分で考えたり、振り返ったりするような学習活動を授業の中に位置付けていくことが必要だと考えます。

「日本の食料自給率を知っている」生徒は4割にとどまりました。ここ数年、食料自給率の低下についてメディアで多く取り上げられていますが、生徒たちの意識はあまり高くない実態が浮き彫りになりました。(このアンケートでは、日本の食料自給率が何%であるかを知っているという回答を「知っている」、食料自給率の定義は知っているが、具体的な数値は知らないという回答を「知らない」、食料自給率そのものを知らない、興味がないという回答を「興味なし」と分類しました。


また、食品を購入する際に最も重視する基準は、「値段」「おいしさ」を挙げる生徒が多く、共に4割程度でした。
  授業においては、栄養面や、フードマイレージ(その食品に対して、食料運搬にかかる費用や排出する二酸化炭素を数値化したもの)についてしっかりと考えさせることが必要だと思いました。

 
(イ) 文部科学省「食に関する指導の手引」、新学習指導要領における食育の取り扱いについて
 文部科学省による「食に関する指導の手引」(平成19年3月)では、食に関する指導について、小学校では食べ物に関心をもち、自分の健康を守るための食事の大切さを理解することを、中学校では家族や食環境にも目を向けた食事について考えることを目標としています。

また、平成21年3月に公示された高等学校学習指導要領では、総則において、食育の推進について、保健体育科・家庭科・特別活動において取り扱うことが明記されました。さらに、問題解決的な学習であるホームプロジェクトの活動について一層充実させることも明記されました。

 
(ウ) 高校家庭科に求められているものとは

上記(イ)のようなことから、家庭科が、人間が生きる上で非常に重要な教科の一つとして位置付けられ、高校では「食」に関する指導の更なる充実とそれを実践する能力と態度の育成が求められています。さらに、 高校家庭科では、中学校技術・家庭科(家庭科分野)で体験を通して学んだ知識や技術を実践に生かす能力や態度の育成が求められているといえます。

中学校までの食育の指導を踏まえ、それを行動に移そうとし、生涯にわたり主体的に食生活を創造していく態度をはぐくむことが必要だと考えます。そのためにも、体験を通して学んできた知識や技術を実践に生かす能力や態度を育てるとともに、そのことによって食生活が豊かになることや、「食」の大切さを実感させることが必要であると考えます。

 
(エ) 本研究のねらいについて

本研究は、「家庭総合」「生活デザイン」「家庭基礎」のうち、多くの学校で取り扱われている「家庭基礎」(2単位)において、次のようなねらいをもち、それに応じて手立てを工夫して研究を進めました。

@
視聴覚教材を効果的に活用した授業を展開する
食生活に関する指導において、世界の食料事情や「食」に関する時事問題について、視聴覚教材を効果的に活用した授業を展開し、その中で、生徒自身が現在の「食」の問題点に気付き、考える場面をつくる。
A
実生活を振り返りながら「気付き」へとつなげる
普段の食事を題材として取り上げ、食に関する問題点と自らの食生活とを比較・分析させることを通して、自己の食生活を見つめさせ、健全な食生活について考えさせる。
B
食事摂取状況と心身の健康とを関連付ける
個々の食事摂取状況と心身の健康状態との関連について、保健体育科の学習内容を振り返らせたり、特別活動において日々の生活と食事について考えさせたりするなどの関連を図りながら、食事が青年期における心身の健全な成長に及ぼす影響について考えさせる。
C
体験的に学び、本物を見極める力を付けさせる
生徒の視覚・嗅覚・味覚に訴え、食材の旬や産地・値段・表示・おいしさなどについて体験的に学び、本物のよさに気付く場面を作ることで、本物を見極める力を付けさせ、目的に合わせた食材の選択と調理の大切さに気付かせる。
D
一人一人の力が社会を変えることに気付かせる
「食」に関する意識や行動の在り方が自分や家族の健康、環境に大きな影響を与えていることに気付かせる手立てを通じて、一人一人の「食」に対する考え方の変容が社会全体の「食」の問題を解決する一歩であることを理解させる。
E
実践に向けて踏み出そうとする態度をはぐくむ
ホームプロジェクトガイドを作成し、食生活の乱れを自分自身の問題としてとらえ、自分のライフスタイルに応じて知識・技術を生かし、課題に積極的に取り組むことができるようにする。
   
(3) 研究の内容と方法
 
(ア) 家庭科における食育の指導方法についての理論研究

中学校技術・家庭科における「特定の課題に関する調査」(平成19年)の調査項目を参考にして、佐賀県の生徒を対象にした実態調査(質問紙によるアンケート調査)を実施し、食育に関する生徒の意識と授業の実態を分析するとともに、研究紀要や文献等により、小・中・高の家庭科の目標や指導内容を明らかにし、家庭科・保健体育科・特別活動の連携を図った食育指導についての理論研究を行います。

(イ) 食育を意識した「家庭基礎」の指導方法の工夫の在り方

中学校技術・家庭科(家庭分野)との関連を図りながら、「家庭基礎」の中で、年間を通して食育にかかわるための実践的・体験的な学習活動の提案を行い、生徒が自ら考え、主体的に活動する姿勢をはぐくむ指導方法を検証します。学習指導案の作成及び検証授業を実施し、その成果と課題を踏まえ、家庭科における食育についてまとめます。

 
(ウ) 家庭科における問題解決的な学習の進め方の提案

気付きを実践につなげる姿勢をはぐくむためには、問題解決的な学習の方法を定着させることが大切です。そこで、家庭科における問題解決的な学習について、ホームプロジェクトの活動を例に、学習の進め方を研究し、提案します。

 
 ≪参考資料≫

 ・ 文部科学省       「食に関する指導の手引」             平成19年3月

 ・ 国立教育政策研究所 「特定の課題に関する調査(技術・家庭)結果」 平成21年3月

 


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最終更新日:2010-03-01