「意思決定を取り入れた討論型の学習」に取り組んでみませんか!

2 研究の実際                                         
(1) 「意思決定を取り入れた討論型の学習」についての考え方
 ア なぜ、意思決定を取り入れるのか


   実社会の仕組みや人々の営みは、変化していくもので、人々の価値観も多様です。つまり、社会の見方や考え方は、答えが1つとは限りません。だからこそ、児童生徒に対して多面的・多角的に考察し、公正に判断する能力と態度を養うことを意識した指導が求められており、社会的な見方や考え方を成長させることが重視されていると考えます。したがって、「教科書に書かれた事柄を覚えさせる学習」、「社会的事象の意味や働きを説明させる学習」にとどまらず、「社会の一員として社会にどう関わっていこうかということを考えさせる学習」も取り入れる必要があると考えます。
   例えば、昨今の選挙では、投票率の低さが問題視されています。この一因として、「社会の一員として社会にどう関わっていこうかということを考える」経験のなさが考えられます。他にも、身近な地域において、行事への参加者が減ってきていることやごみの不法投棄等の法やきまりを遵守しない人が増えていることなどに見られます。これらのことから、社会科では、「誰がしている」よりも「自分も含めたみんなでつくっていく」という意欲や態度、そして、そのための能力を養うべきだと考えます。

そこで、「児童生徒が身に付けた社会的な見方や考え方を基に、社会の在り方や社会への関わり方などについて自分の考えをもつこと」を意思決定という言葉で定義しました。本研究では、児童生徒に意思決定を迫り、児童生徒が自分の考えを自分の言葉で表現できる姿を求めています。

 イ 何についての意思決定を迫ればよいのか



  意思決定の対象は、社会科の指導内容に関わる「社会的な問題」と考えます。

「社会的な問題」とは、実社会の仕組みや人々の営みに内在している価値が対立したり、多様な価値が存在したりして判断が分かれるような問題と考えています。 具体的には、表1に示す3つのパターンがあると考えます。

表1 社会的な問題のパターン(実践事例からの分類)

「社会的な問題」のパターン
具体的な論題の例
判断が分かれる価値の例

答えさせるための問い

「江戸時代が約260年続いたことに、より大きく貢献したのは、徳川家康と家光のどちらだろう。」 ・「武力によって国を治める」と「権力によって国を治める」
・ 「きっかけづくり」と「しくみづくり」

解決すべき事柄

「嬉野市の観光を生かした町おこしは、『湯布院型』、『日田型』、『阿蘇型』のどれを優先すべきか。」 ・「知名度を上げ、リピーターを増やす温泉を生かした町づくり」と「いやしを与える自然を生かした観光資源の開発」と「観光客の滞在時間を延ばすために町並を生かした新しい観光地の開発」

研究や論争の材料となる事件

「遣唐使を停止したのはよかったのだろうか。」 ・「国際化により知見を広げる」と「独自の日本らしさを追究する」
・ 「国家の発展」と「国民の生活」

このような、「社会的な問題」は、どちらが(どれが)正解という問題ではありません。なぜなら、実社会においても論争になったり、判断が分かれているからです。「社会的な問題」は、社会的な価値についての判断が迫られるため、どちらも(どれも)大切なのです。したがって、根拠を明確にしてどちらか(どれか)を選ばせる意思決定が大事だと考えます。これを踏まえて、「社会にとってどちらがよりよいのか」や「どのような社会が望ましいのか」などを意識させる必要があります。そのために、「優先すべきか」や「より○○なのはどちらか(どれか)」などが論題に付加されます。

社会的な問題について意思決定を迫ることにより、児童生徒は、新たな疑問が生じたり(もっと知りたい欲求)、自分が大切にしている価値についての葛藤(ジレンマ)が起こったりします。その際、判断材料として、身に付けた知識や概念、技能を活用しなくてはならなくなり、情報が足りなければもっと知らなければならなくなってきます。これにより、思考力・判断力を高めるだけではなく、身に付けた知識や概念、技能において追調査や確認が必要となり指導内容の理解も深まっていくという効果も期待されます。つまり、社会的事象の知識・理解や社会的事象への関心・意欲・態度の観点から見た力も同時に育成できる学習であると考えます。

 ウ 「意思決定を取り入れた討論型の学習」と言語活動の充実をどう考えればよいのか
 
   平成20年1月の中央教育審議会答申には、思考力・判断力・表現力等の育成を図るために次のような例を挙げ、言語というツールを使った学習活動を充実させることを求めています。
@ 体験から感じ取ったことを表現する

(例)・日常生活や体験的な学習活動の中で感じ取ったことを言葉や歌、絵、身体などを用いて表現する

A 事実を正確に理解し伝達する

(例)・地域の公共施設等の見学の結果を記述・報告する

B 概念・法則・意図などを解釈し、説明したり活用したりする

(例)・需要、供給などの概念で価格の変動をとらえて生産活動や消費活動に生かす

C 情報を分析・評価し、論述する

(例)・学習や生活上の課題について、事柄を比較する、分類する、関連付けるなど考えるための技法を

  活用し、課題を整理する

D 課題について、構想を立て実践し、評価・改善する
E 互いの考えを伝え合い、自らの考えや集団の考えを発展させる

(例)・予想や仮説の検証方法を考察する場面で、予想や仮説と検証方法を討論しながら考えを深め合う
(例)・将来の予測に関する問題などにおいて、問答やディベートの形式を用いて議論を深め、より高次の

   解決策に至る経験をさせる

中央教育審議会答申 平成20年1月より

「意思決定を取り入れた討論型の学習」では、@ABCEの言語活動を取り入れた学習が可能になります。したがって、「意思決定を取り入れた討論型の学習」は、社会科における思考力・判断力・表現力の育成に効果的な学習であると考えます。

 エ なぜ、討論型の学習に取り組むのか


  児童生徒の考え(思考)が一人よがりにならない(独断に陥らない)ようにするためです。対立している価値や判断の両面を理解し、その両面を考慮した判断へと誘うための手立てとして考えています。つまり、より多くの人を納得させる考えへと深めさせるためです。

 「社会的な問題」を対象にした意思決定を迫る上で、社会科における思考力を育成するために留意したいことは以下の3点です。

  • 社会的事象を比較・関連付け・総合して見たり、考えたりさせること
  • 社会的事象を公正に見たり、考えたりさせること
  • 社会的事象を多面的、総合的に(中学校では多角的に)考え(考察)させること

これらは、社会科における思考力を測る視点であると考えます。それらを満たすためには、児童生徒の自分なりの考えをもたせるだけでは不十分だと考えます。たとえ他者と同じ社会的な価値を選んだ(支持した)としても、根拠となるデータ(資料や数値など)や理由付けが違うことが考えられます。

複数ある考えやこの根拠を照らし合わせ、説得したり、納得したり、時には批判したりしながら「社会にとってどちらがよりよいのか」、「どのような社会が望ましいか」を議論させることが必要と考えます。児童生徒が、他者と互いの考えを支えている根拠について議論することで、学習対象としている社会的事象が様々な面から見られるようになり、様々な角度から考えられるようになると考えます。

峯(2012)は、「意思決定力を育成する学習は、それ自体が民主主義の方法を示している。討議はその中心的な方法であり、市民が備えるべき技能である」2)と述べています。
これを踏まえ、学習指導要領に示される「国際社会に生きる平和で民主的な国家・社会の形成者」として、意思決定できることは必要な技能であると本研究では考えています。

これらの効果が期待できるため、「意思決定を取り入れた討論型の学習」を提案します。

2)  峯 明秀

 「5社会科における意思決定」社会認識教育学会『新社会科教育学ハンドブック』
2012年 明治図書  p.190
 オ 討論型の学習をどう捉えればよいのか
    討論型の学習は、ディベートをすると考えられている先生方も多いようですが、ディベートだけではありません。討論型の学習で留意したいのは、以下の2点です。
@ あくまで、考えが深まった意思決定になるための手立てであり、勝敗を競い合うものではない。
 

感情的な討論にならないように、論題に沿って互いの考えの根拠に目を向けさせましょう。

・児童生徒にめあてとして伝え、学習の見通しをもたせます。

・結果として考えが深まったことを賞賛し、討論の意義を意味付けます。(学ぶ意味、意義を考えさせます。)

 

A どちら(どの)判断も否定しない。
 

正答があるわけではないので、教師が、「どれかでなくてはならない」という価値を押し付けるような言動はしないようにしましょう。(児童生徒の発言意欲が下がり、児童生徒が正答を待つようになるなど言語活動の妨げになります。)
指導するのは、説得力(主張と根拠のつながり)や「社会的な問題」から導き出される論題に照らした論点の整理、論点への誘導です。

・論点がずれないように、必要に応じて、何が問題で、何のために議論をしているのか立ち戻らせて、
論点を確認します。

・少数派の考えを無視しないように、判断を揺さぶる問い掛けをしたり、資料を提示したりする必要が
あります。

 

これらのことから、「意思決定を取り入れた討論型の学習」は、児童生徒が、判断が分かれる社会的な問題について、自分の考えをもち、その考えや根拠について、より多くの人を納得させるために、吟味、再考、再構成する活動になります。このため、社会科における思考力・判断力を育成するために効果的であると考えます。

また、自分の言葉で表現し合う活動になります。表現力を育成する指導も並行して行えることからも意義深いと考えます。自分の考えを相手に分かりやすく伝えたり、自分の考えとその根拠(データや理由付け)を結び付けて多くの人が納得するように書いたりする機会を、思考が深まる段階に応じて取り入れることができるからです。
したがって、「意思決定を取り入れた討論型の学習」は、児童生徒の思考・判断・表現を支援する板書やワークシートを工夫することにより、単元を通して思考力・判断力・表現力を総合的に育成することができる指導方法だと考えます。

 


(2)  取り組みやすい「意思決定を取り入れた討論型の学習」の単元構成と単元作りの
    ポイント
 ア 「意思決定を取り入れた討論型の学習」の単元構成についてどう考えればよいのか
 

「意思決定を取り入れた討論型の学習」の単元構成は、平成20・21年度のプロジェクト研究で取り組まれた「意思決定を取り入れた討論型の学習」によると、意思決定の取り入れ方により4つに分類されています(図1)。

図1 意思決定型の学習の4分類

児童生徒の発達段階や単元の内容に
よって4つに分類されています。

4つの主な特徴は以下の通りです。

A 発展型

 教科書を使った学習から発展させる

B 問題発見型

 児童生徒に問題点を発見させる

C 問題解決型

 問題そのものを学習内容として
取り扱う

D 重点型

 トピック的に短時間で取り扱う

佐賀県教育センター 平成20・21年度のプロジェクト研究より














 イ 取り組みやすい「A 発展型」の単元構成
 

本研究では、「考えさせる学習はどうすればよいの?」、「時間が掛かり、難しそう」、「ペーパーテストに出ないので、どう評価していいか分からない」など、先生方から寄せられる疑問や質問に答える提案を目指しました。このため、知識、概念や技能の習得に重きを置く教科書を使った学習から発展させた型として、比較的取り組みやすい「A 発展型」に限定して研究を進めました。そして、より多くの先生方に取り組んでもらえるよう、単元構成と内容を具体化して研究に取り組みました(図2)。


図2 「意思決定を取り入れた討論型の学習」の単元構成と内容例



※ 今回、教師の取り組みやすさに特化し、現状の教科書中心の学習からの発展が可能な「A 発展型」を取り上げています。
   単元の内容によって、「B 問題発展型」、「C 問題解決型」、「D 重点型」の選択も可能です。
 ウ 単元計画づくりのポイント

「意思決定を取り入れた討論型の学習」に取り組む際、教科書を使った学習から発展するので、単元計画を立てる必要があります。「教科書を使った学習」と「意思決定を中心にした学習」のそれぞれの学習において、どのような学習活動を展開すればよいのかを「単元計画づくりのポイント」として以下の図3のようにまとめました。

図3 単元計画づくりのポイント


単元計画づくりのポイントを意識して、単元計画を作成します。単元計画作成の手順は図4に示すとおりです。


図4 単元計画作成の手順
@  学習指導要領の目標、内容に照らして、単元の目標を設定します。設定した目標の達成に向けて図3の単元終末において期待する(求める)児童生徒の姿を明確にします。
例えば、「地域の祭りを続けていく課題について、祭りの保存会の方へ、地域の一員として、提案文を書くことができる」や「大久保利通の秘書になり、明治政府の国家の発展を優先した政策について、国民の立場を考慮しながら、外国との関係や国民の安定した生活を視点に意見文を書くことができる」などが考えられます。
A  何についての意思決定を迫るのかを考えます。以下の2点について設定しておく必要があります。
・ 意思決定の対象となる「社会的な問題」
・ 討論や話合いの論点となる「論題」
※ ここが先生方にとっての悩みどころの1つだと思います。本研究では、ここに焦点を当てた研究をしています。詳しくは、(3)社会的な問題を把握する段階を参照ください。
B  単元の流れを具体的に構想します。実際に行われる意見交換について以下の2点に留意して児童生徒の思考の流れを予想します。
・ 児童生徒は、どんな意見をどんな言葉で表現するか?
(何を考え、何を基に表現させるべきか)
・ 学習内容から活用させたい知識、概念、データは何か?
(教科書の内容に加え、どのような資料を準備すべきか)
C  全体の流れが構想できたら、的確な発問、板書計画を立てます。児童生徒が考える時間を大切にして時間配分を計画し、ワークシートや補助資料を準備しましょう。
 


(3) 社会的な問題を把握する段階の考え方
 ア 社会的な問題を把握する段階にどう取り組めばよいのか


「意思決定を取り入れた討論型の学習」に取り組む先生方から、「社会科で何を考えさせたらいいの?」、「どんな問題をどのように取り上げるの?」、「話合いをさせたけれど、なかなか盛り上がらなかった」などの疑問や質問等が寄せられます。「教科書を使った学習」から「意思決定を中心にした学習」へのつなぎ方に難しさを感じられるようです。この段階は単元づくりでの中核であると考えます。

そこで、意思決定を中心にした学習を図5のように3段階に分け、「社会的な問題を把握する段階」に研究内容を焦点化し言及していく必要があると考えています。


図5 意思決定を中心にした学習の段階分け(研究内容の焦点化)
 イ 社会的な問題から導き出される論題をどう設定すればよいのか

  社会的な問題を設定する際に次のような点に留意して指導内容を吟味します。 社会的な問題は、児童生徒が意思決定する対象となる社会的事象、歴史的事象のことです。しかし、事象そのものを論題にするかどうかを考える際に、指導内容とずれが生じたり、資料の準備や児童生徒が話すことができる論題設定が難しかったりします。そこで、
  • 「国家の利益の追求」と「理想の国民の生活」との対立
  • 「社会の利益」と「個人の権利」との対立
  • 「対象の範囲を広げること」と「範囲内のよさを守ること」とで判断が分かれる
  • 「ある人たちの主張と他の人たちの主張が対立している(していた)」
など、対立点や判断の違いを視点に社会を見直してみると論題が整理されてくると考えます。
「何が問題」で「何についてどのような討論がなされるか」を考える手順について、以下の(ア)〜(ウ)のように整理しました。


(ア)  「何が問題か」…問題になる社会的事象、歴史的事象を探してみましょう。

@ 研究や論争の材料となる事件はないか

価値観の違いによって解決策や主張が分かれてしまうような社会的、歴史的事象が起こっていませんか?

地理的分野や公民的分野の学習と関連(例)

  「諫早湾の堤防を開門する判決とそれを差し止める判決が出た」
「減反政策が2018年に廃止されることになった」
「社会の変化により現行の日本国憲法に不明瞭な点が出てきた」 など

歴史的分野の学習との関連(例)

  「武士の力が大きくなる中、南北朝の争乱が起きた」
「ペリー来航、江戸幕府に開国を求めてきた」
「明治政府は国家の利益を優先した改革・政策を行った」など
A 解決すべき事柄はないか
 個人や集団が直面している判断が分かれてしまうような事柄がありませんか?

地理的分野や公民的分野の学習と関連(例)

  「ごみは燃やされたり、再利用されたりして処理されるが、なくならない」
「地域の祭りに参加する人が減ってきた」
「地域の道路に事故に遭いそうな危険なところがある」など
B 答えさせるための問いはないか
 現状や事実を理解させるために、何とか解決したいと思わせる問いはありませんか?

地理的分野や公民的分野の学習と関連(例)

  「環境や福祉、安全に配慮した自動車が作られている」
「地産地消や輸入野菜など品揃えに特徴のあるスーパーマーケットがある」
「マスコミの報道は未成年の情報は全部公開しない」など

歴史的分野の学習と関連(例)

  「狩猟・採集の生活(縄文時代)と農耕の生活(弥生時代)との違い」
「織田・豊臣・徳川の3人の武将によって戦国の世が統一された」
「元寇の後、国書を携えた使者がまた日本にやってきた」など

(イ) 「何を論題とするか」…問題になる社会的事象、歴史的事象を分析し論題を見付けましょう。
    社会的な問題と導き出される論題との関係から、論題作成パターンは以下のように3つに分けられます(表2)。

表2 社会的な問題と導き出される論題との関係

 
論題作成パターン
社会的問題の例
論題の例
@

社会的な問題そのものが論題になる

(地理的分野、公民的分野向き)

 みんなの家から出るごみは、なくならない。 ○ごみを減らす方法を考えよう。
○ごみ袋の代金を値上げすべきか。
A

社会的な問題の現状や原因の中に論題がある

(地理的分野、公民的分野向き)

 地域の祭りが盛り上がらない。 ○参加者を増やす方法を考えよう。
○祭りに参加できる地域の範囲を広げるべきか。
B

歴史上のある時点での判断を論題とする場合

(歴史的分野向き)

 明治政府は国家の発展を優先した改革・政策を行った。 ○あなたが、大久保利通に意見できるとしたら、富国強兵策に賛成するか。
○明治政府の新しい国づくりはよかったのだろうか。


(ウ)  論題を設定する際は、以下の2点に留意しましょう。

@ 「この問題はこれからどうなる(このままだと…。)」

地理的分野、公民的分野において考えておくと、私たちの生活への影響や関係が見付かり、解決に向けた討論への切実感をもたせるキーワードとなります。

歴史的分野においては、「これが違う選択がなされていたら、どうなっていたのかな」と置き換えて考えてみましょう。

A 「この問題に対して、どうするべきか」

  主に地理的分野、公民的分野については、現在問題になっている事象を取り扱うことができます。したがって、論題も「○○について考えよう」や「○○を解決するプランを提案しよう」のように検討したり、提案したりする論題が設定できます。

また、歴史的分野においては、いつの時点での意思決定を迫るのかによって問い方が変わってきます。事象が起こった歴史上のある時点に身を置いて考えさせれば、「あなたは、遣唐使に選ばれました。天皇に意見できるとしたら唐へ行くことに賛成しますか」や「あなたは、武士です。南朝と北朝のどちらに味方しますか」などの論題になります。
一方で、「現在のわたし」という立ち位置で、歴史を評価する考えさせ方があります。「明治政府の改革は、成功だったのだろうか」や「日露戦争はやるべきだったのか」などになります。事象が起こった歴史上のある時点での判断について現在と比較しながら考えさせる方法です。
つまり、学習者である児童生徒が身を置く立場や状況によって、論題が変わってきます。

 ウ 実際の学習(授業)の流れをどう考えればよいのか
  社会的な問題から導き出される論題を設定できたら、学習(授業)の流れを考えてみましょう。

児童生徒が問題だと認識する要素は、以下の4点が考えられます。

  • 問題に気付いたとき…「おかしいな?どうしてだろう?」
  • 困難な状況に陥ったとき…「なんでうまくいかないの?」
  • 現状とあるべき姿とのずれを認識したとき…「このままだと困るぞ。」
  • 何とか解決したいという意欲が湧いたとき…「解決したい。」 

また、これに伴って情報を収集、分析する必要があります。情報の収集、分析の要素は以下の4点が考えられます。

  • 知っている情報の整理…「振り返ってみよう。」
  • 必要な情報の収集…「他に情報はないかな。」
  • 収集した情報の分析…「調べたことを整理してみよう。」
  • 問題点の明確化…「問題点はここだね!」 
神奈川県立総合教育センター 『「問題解決能力」育成のためのガイドブック』 平成20年3月 より改編

これらの要素を勘案し、社会的な問題を把握する段階に組み入れることで、問題を明解にし、意思決定を中心にした学習へ誘う手立てを考えました。これにより、児童生徒が自分の考えをもち、意欲的に討論活動に参加すると考えます。ひいては、討論活動を通して児童生徒の思考力・判断力・表現力を育成することができると考えます。

そこで、社会的な問題を把握する段階の具体的な学習活動の流れを図6のように考えました。そして、問題を明解にする手立てについて具体的に考えました。


図6 社会的な問題を把握する段階の具体的な学習活動の流れ
よい点と問題点の捉えさせ方について

よい点は、指導内容により、よい影響、利益を生む、○○が向上する、効果があるなど様々な見方により、言い方が変わることが考えられます。「メリット」という便利な言葉がありますが、児童生徒の発達段階に応じて分かりやすく使い分けてください。
また、問題点も同様で、「デメリット」に言い換える方法があります。留意したいのは、社会的な価値の裏返しだと考え、「悪い」という言葉を使うことです。一概に悪いわけではないこともありますので指導内容を吟味し、児童生徒が分かる言葉に置き換えてください。

この学習活動の流れには、児童生徒の発達段階に応じて、1〜3単位時間を必要とします。この学習に慣れてきた中学生においては、課外の課題で調査させたり、既習事項を復習させたりすることで、1単位時間の前半で取り扱うことも可能です。

 


(4) 社会的な問題を明解にする手立てと指導のポイント
 社会的な問題を明解にするとは、社会的な問題の対立点を明確に理解することです。これにより、児童生徒が自分の考えを話したくなる、友達の考えを聞きたくなるという討論の必然性を感じるようになると考えます。このために、「ア 社会的な問題に出会わせる手立て」と「イ 討論すべき論題を見いださせる手立て」を取り入れます。
 ア 社会的な問題に出会わせる手立てと指導のポイント
  (ア) 【具体的な手立てT】児童生徒の思考(疑問や葛藤など)を促す教師の発問を工夫しましょう。

「発問」と「質問」について 
「発問」とは、児童生徒の思考や認識を促すものと考えます。このため、教師と児童生徒との間で、一問一答や同一の回答が返ってくることが予想される問い掛けを「質問」として区別しています。何がどのように問題なのかを思考させることを目的に「発問」を工夫し、児童生徒の反応に応じて「発問」を適切に活用することで、児童生徒が疑問を感じたり、葛藤したりして思考する姿を求めています。表3は社会的な問題に出会わせる学習(授業)の流れと発問例です。
表3 社会的な問題に出会わせる学習の流れと教師の発問例
社会的な問題に出会わせる学習の流れ
教師の発問例
根拠を引き出す問い(DEへの布石になる問い)
「どうしてよいと考えたのかもう少し話してください」
「どの資料からよいと考えたの?」
「何がよくなるの?」
「誰がよい思いをするの?」など
興味を抱かせる問い(両面を考える必要性を問う)
「気になる感想をもった友達がいるんだけど、聞いてみたい?」
「この後どうなるのか予想してごらん?」
「この写真を見付けたんだ。どんなよい点が確認できる?」
「えっ?それはよい点じゃないの?」など
調べるきっかけになる問い(両面を考える必要性を問う)
「困っている人もいるけれど無視して考えようか?」
「問題点が見付かったけれど、これはたまたまなんじゃないの?」
「どうやって調べるの?」など



確認する問い(整理を促す問い)
「どのようなよい(問題)点がありますか」
「○○さんが言いたいことは、どんなよい(問題)点ですか」 など
比較を促す問い(両面の比較を促す問い)
「よい点も問題点もあったけれど、どこが違うのかな?」
「なぜよい点と問題点があるのかな?」など
根拠を引き出す問い(@の確認も含む問い)
「どうしてよい(問題)と考えたのかもう少し話してください」
「どの資料からよい(問題)と考えたの?」
「誰がよい(困る、悲しい)思いをするの?」など
対立点を見いださせる問い

「よい(問題)点は、誰のどのようなことを大切に考えているの」
「よい点で問題点は解決できないかな」など
  (イ) 【具体的な手立てU】思考・判断・表現を支援する板書やワークシートを工夫しましょう
   社会的な問題が含まれる社会的事象や歴史的事象について、よい点と問題点の両面を調査させます。この際、両面を整理し、視覚的に比較することができるように、板書やワークシートなどを以下の2点に留意して、工夫します。
@調査した社会的事象や歴史的事象を、目的や内容、よい点、問題点などの視点に沿って表にして整理していきます。
 @ よい点と問題点が比較しやすく、社会的な価値の対立に気付かせやすくなります。

写真1 表に整理する板書例1(複数の項目を整理した表)
 
 
 A よい点と問題点と評価する根拠が短い言葉で見えるようになり、何が問題なのかが分かりやすくなります。

写真2 表に整理する板書例2(1つの項目を評価することで整理した表)
 
A板書とワークシートの様式をできる限り同じにします。

写真3 ワークシート(図7)と様式を同じにした板書例

図7 板書(写真3)と様式を同じにしたワークシート


 イ 討論すべき論題を見いださせる手立てと指導のポイント
  (ア) 【具体的な手立てT】児童生徒の思考(疑問や葛藤など)を促す教師の発問を工夫しましょう


表4 討論すべき論題を見いださせる手立てと段階的な教師の発問例
討論すべき論題を見いださせる学習
教師の発問例
1回目の意思決定を迫る問い
「どちらが大切だと考えますか」
「どちらも大切だけど、あなたはどちらを優先すべきだと考えますか」
「どちらに賛成しますか」
「どのプランが効果がありますか」 など
論題につながる問い(1回目の意思決定後の問い)
「Aを選んだ人が○人、Bを選んだ人が○人だったよ。多数決で決めようか」
「あなたと違う考えの友達はどう考えたと思いますか」
「う〜ん分かれましたね。どちらを優先すべきなんだろうね」など
※今後の討論が勝ち負けを競うことにならないように、根拠(データや理由付け)の違いを論点にします。これが、習得した知識、概念や技能を活用する討論の内容につながると考えています。
  (イ) 【具体的な手立てU】児童生徒の発言や様子の見取りと評価を工夫しましょう
   @授業の初めに「本時のめあて」を示し、評価する場では、判断するめやす(判定基準)を児童生徒と共有しましょう
  本時のめあてを示し、判断するめやす(判定基準)を児童生徒と共有しておくことで、児童生徒が考えたことを表現する表現力を高めるための、技能の指導ができると考えます。
  例えば、明治政府の政策について、よい点と問題点の両面から考えよう」というめあてを示せば、児童生徒は、本時でよい点と問題点とを比較して考えるんだという学習の見通しが立ちます。また、評価する場では、「自分が大切にする立場とその根拠が○○と□□を使って書けるとよいですよ」など判断するめやすを伝えることにより、児童生徒は、根拠に「○○について考えたこと」や「□□から考えられること」を表現しようとすると考えます。
  これにより、指導と評価が一体化した授業となり、児童生徒も、本時の目的を自覚して取り組むことができると考えます。

写真4 振り返りのポイント(判断するめやす)
 評価規準に基づき、本時の目標(児童生徒にとってはめあて)が達成できたかを評価します。写真4のように視覚的に分かるように指し示します。児童生徒と共有するときには、「(おおむね満足できると判断するめやす)で書けたらいいね」「(十分満足できると判断するめやす)も書けるとさらに今日のがんばりが残せるよ」などと指示をしましょう。
A本時の時点での「1回目の意思決定」をワークシート等に書かせましょう
  討論時の論点は、根拠(データや理由付け)の違いにより明らかになります。このため、本時の途中または振り返りの際に、論題に基づいて児童生徒の考えを表現させます。つまり、1回目の意思決定を迫ることになります。
この際、根拠を問うことが大切であると考えます。これにより、児童生徒の考えを裏付けているデータや理由付けが明らかになってくることで、考えが整理され、表出(発言や発表、見せることなど)に向けて自信をもつようになると考えます。これは、討論後の2回目の意思決定と比較させることにより、考えが深まったことを児童生徒に自覚させることにも活用できると考えます。
  学ぶ価値を捉えさせる上でも表現させておきたいです。
B児童生徒の中でも支持する価値やプラン、根拠が違うことに気付かせましょう
  1回目の意思決定を書かせた後に、児童生徒に支持する価値やプランなど自分の意思を挙手させたり、典型的な例として意図的に数名を発表させたりしましょう。ただし、この目的は、児童生徒に「私と違う考えの友達がいる」ことに気付かせ、「友達の考えを知りたい、話してみたい」と思わせることです。したがって、教師が内容について善し悪しを評価してはいけないと考えています。評価するのは、根拠の述べ方で、自分の考えをもてたことだと考えています。



(5) 「意思決定を取り入れた討論型の学習」実践事例
    平成25年度は、歴史的分野を重点的に取り上げ、小・中学校で7つ実践しました。また、社会科学習の入門期である小学校3年生で1つ、動態地誌的な学習を重視した中学校の地理的分野で1つ実践を行いました。
 ア 小学校第3学年
   実践事例1 〔地域の人々が受け継いできた文化財や伝統行事〕
         「のこしたいもの、つたえたいもの」 - 浜崎地区に伝わる年中行事「浜崎祇園祭」を通して -
 イ 小学校第6学年
   実践事例2 〔歴史的分野〕
         「『徳川の世』は、どんな世の中だったの」
   実践事例3 〔歴史的分野〕
         「明治の国づくりを進めた人々」その1
   実践事例4 〔歴史的分野〕
         「明治の国づくりを進めた人々」その2
   実践事例5 〔歴史的分野〕
         「新しい国づくりは、どう進められたの」
   実践事例6 〔歴史的分野〕
         「新しい日本、平和な日本へ」
 ウ 中学校第1学年
   実践事例7 〔歴史的分野〕
         「古代社会を支え、国の発展に貢献した人々」 - 遣唐使を考える -
   実践事例8 〔歴史的分野〕
         「武士の台頭と鎌倉幕府」 - モンゴルの襲来と日本 -
 エ 中学校第2学年
   実践事例9 〔地理的分野〕
         「九州地方」 - 自然環境を視点の中心にして -
 

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