読み書き等のつまずきに対する「見る力」を高めるトレーニングの活用

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中学事例
 
5 トレーニングの実際
(2)中学生の事例
お勉強
ア 生徒の実態
対象生徒
 中学校2年男子
生徒の状況
(ステップ1)
 中学校の通常学級に在籍している。学校では、教科書などを音読する時に、読み方がたどたどしかったり、読み直したりして、時間がかかる。書くことでは、マスに字が収まらずにはみ出たり、字の大きさが整わなかったり、似ている字の誤字がある。また、横書きよりも縦書きにする際に、特に苦手さが見られる。例えば、数学のノートでは、紙面全体にバランスよく、行間にも余裕をもって書くことができているが、国語ノートでは、紙面の上方に片寄り、字間が詰まり、誤字脱字がある。
  家庭では、探し物を見つけられずに困ることがある。保護者の願いとしては、連絡帳を毎日きちんと書いて帰ってきてほしいと思っている。
「見る力」
チェックシート
(ステップ2)

◎よくあてはまるもの
○あてはまるもの
【保護者によるチェック】
「読む」場面
 ◎決められたところを読むときに、非常に時間がかかる。
「道具を使う」場面
 ○はさみを使って、決められた線をうまく切ることができない。
 ○定規等を使って作図をすることがうまくできない。
「運動する」場面
 ○ボール運動が苦手である。
 ◎ダンスや体操などで、人のまねをして体を動かすことが苦手である。
「休み時間」の場面
 ○探し物をうまく見つけられない。
「その他」の場面
 ○図形の問題が苦手である。
 ○長時間集中して勉強ができない。
イラスト1
「両眼の運動機能」
チェック
(ステップ3)
跳躍性眼球運動 視標の動きに合わせて眼が動かない。また、視標を眼でとらえられないことがあった。
追従性眼球運動 視線が跳んだり、はずれて弧を描いたりすることがあった。
両眼視 眼から10cm以上離れている状態で、視標から視線が外れてしまった。特に、右眼が寄せきれない状況が見られた。
「視覚情報処理機能」
チェック
(ステップ3)
イラスト2
形態知覚 【形探し】では、時間はかかったものの集中して図を見て、間違えずに探すことができた。
【模写】では、時間をかけてモデルを見ていた。少々歪んだ形もあったが、間違えずに描くことができた。
空間知覚 【位置探し】では、何度か間違えながら、じっくりと見るようになり、その後は間違わずに認識することができた。
その他の情報
WISC−V 知的発達に遅れはない。動作性IQと比べて言語性IQがとても高く、有意な差がある。動作性の検査では、「符号」「記号探し」が最も低かった。
ベンダーゲシュタルト
テスト
全体的に全ての図形が紙面下方に片寄っている。多少歪んでいたり、変形したりしているが標準範囲内と考えられる。
DEMテスト 1回目(トレーニング前)   たて読み 38秒   よこ読み 42秒
「見る力」の考察
 「見る力」チェックシートからは、道具を使って書いたり切ったりする、よく見て動くというようなところに苦手さがあると推察される。眼球の運動機能においては、視線が跳んだりはずれたりするなど顕著で、特に、両眼視の弱さが見られる。視覚情報処理機能のチェックでは、空間の位置関係がとらえづらいようで、空間図形を平面上に表した時の線が見えにくいと考えられる。WISC-Vの検査結果から、全般的な知的発達に遅れはない。ただ、「符号」「記号探し」が低いため、抽象的な記号を見て覚えたり、書いたりすることが苦手であると考えられる。以上のことより、本生徒は、両眼の運動機能と視覚情報処理機能に弱さがあると考えられる。
トレーニング計画   眼球運動の苦手さが目立っており、それがいろいろなところに影響を与えていると考えられるので、両眼の運動機能を高めるトレーニングを中心としたメニューを組んでみた。
  まずは、道具を使うことに苦手さがあったので、ウォーミングアップの中にある眼球運動のトレーニングの「眼と首の運動」を選んだ。
  次に、視覚情報処理機能の面から「お手玉キャッチ」「線なぞり」「線なぞり文字探し」を選択した。ここでは、見て書くということの向上を期待した。また、夏休みのトレーニングとして「フロスティッグ視知覚学習ブック」から 「形の恒常性」「空間における位置」などの課題を選んだ。
  最後に、両眼の運動機能の面から「田村式眼力ボード」「寄り眼の練習」「ブロックストリングス」を選ぶことにした。
イ トレーニングの実際
トレーニング実施一覧
  眼と首の運動
寄り眼の練習
ブロックストリングス
田村式眼力ボード
線なぞり文字探し
フロスティッグ視知覚学習ブック 線なぞり
お手玉キャッチ
1回目
 
 
2回目
 
 
 
家庭1
 
    
3回目
   
 
4回目
 
家庭2
 
 
 
 
5回目
 
家庭3
 
 
 
6回目
 
家庭4
 
 
 
 
7回目
 
トレーニング
内容
(1回のトレーニングは20分程度です。)
入力
眼と首の運動(2〜3分)
 体が動いても視線は動かさないようにするためのトレーニング。
 視点を一点に固定したまま首を動かす。
 視標を目の前30cmくらいにおき、それから眼を離さないで、首を「左右」「上下」「ななめ」「回転」の順に動かすのを、担当が確認しながら支援をした。
 始めは、首の動きが硬く、体ごと動いて、視線がはずれてしまうことが多かった。そこで、トレーニングの前に首だけを動かす練習をしたところ、動きに硬さがとれてトレーニングをすることができた。
寄り眼の練習(1〜2分)
  両眼を寄せる力をつけるためのトレーニング。
 視標を少しずつ顔に近付けて眼を寄せていく。
  視標を目の前30cmくらいから、徐々にそれを眼に近付けていった。とても眼が疲れるトレーニングなので、長い時間行わないことと、途中に休憩を入れることに注意して行った。
  右眼が特に寄りにくかったので、毎回ゆっくり時間をかけて行った。寄り眼の仕方に気付き、トレーニングを重ねることで改善が図られていった。
ブロックストリングス(1〜2分)
  両眼を素早く寄せたり、離したりできるようにするためのトレーニング。
  ひもに通したビーズを、遠くから手前に順番に見ていく。 ひもがビーズの玉の中心で交差して見えるのが正しい見え方である。
  遠くから近くのビーズを順に見ていくようにしたり、最も近くのビーズから最も遠いビーズへ視線を飛ばして見るようにしたりした。
  寄り眼の改善が図られたことで、スムーズな目の動きができるようになった。ビーズを飛ばして見ることも楽にできるようになった。
田村式眼力ボード(2〜3分)(プリント例PDF)※子どものメニューには「眼のジャンプたてよこ」と記載
 眼を1点から別の1点まで、素早く動かすことができるようにするためのトレーニング。
 メトロノームに合わせ、一定の速さで上下、左右、斜めに眼を動かし、書かれた数字を読む。対象生徒が動かしやすい速さに、メトロノームを調整して行った。
 右上から左下まで「たて読み」を、そのあと左上から右下まで「よこ読み」を行った。眼が疲れるトレーニングなので、たて読みとよこ読みの間に休憩を取って行うようにした。
 1か順番に数字を読んでいくので、眼の動きが読むことに追いつくことができず、眼で見ないで数字を言っていた。次第に、眼の動きがよくなり、一定の速さに合わせて読むことができるようになった。
視知覚
線なぞり文字探し(プリント1枚で2〜3分)(プリント例PDF)
  眼で文字を追い、その中から指定された文字を認識できるようにするトレーニング。
  行と行の間を鉛筆でなぞりながら、指定された文字を囲んでいく。
  「さ」と「た」など、一度に2文字を指定した。
  始めは、ゆっくり集中してできていたので、間違ったり飛ばしたりすることはなかった。慣れてくると、鉛筆を動かす速さが速くなり、間違いそうになったり、飛ばしてしまいそうになったりすることがでてきた。そのため、ゆっくり丁寧にするよう声掛けをしたところ、始めの頃以上にしっかりと見て、間違いも文字飛ばしもなくなった。
フロスティッグ視知覚学習ブック(2〜3分)
  視知覚機能を高めるためのトレーニングブック。
  鉛筆で書きながら、課題を解決していく。
  夏休みの家庭でのトレーニング課題として、簡単で興味をもってできるように、 「形の恒常性」「空間における位置」に関するものを行った。
  家庭でのトレーニング課題として行ったので、評価はしにくいが、子どもにとっては取り組みやすく、よくできていた。
出力
線なぞり(1〜2分(プリント例PDF)
  眼と手の協応を高めるトレーニング。
  線と線の間を、線に触れないように鉛筆で なぞっていく。
  用紙の向きをかえたり、書く方向を逆にしたりして繰り返し行った。
  「線なぞり文字探し」の時と同様に、ゆっくり集中して書いていくと、上手に、線と線の間に線を書くことができていた。速く書こうとすると、運筆がスムーズでないため、書いている線が曲がったり、線からはみ出そうとしたりした。ゆっくり書くように声掛けをすることで、筆圧をかけて、線と線の間に書くことができていた。
お手玉キャッチ(2〜3分)
  眼と手の協応を高めるトレーニング。
  お手玉を片手で投げて反対側の手でキャッチする。
  1個のお手玉を、「右手で投げて左手でキャッチ」「左手で投げて右手でキャッチ」することから行った。
  夏季休業中に、家庭でお手玉2個を使ってトレーニングを行い、上手にできるようになった。また、投げる高さや速さに変化を与えることも行い、それも上手にできた。
DEMテスト
  読みの状況の変化をチェックするために、DEMテストの読みに要する時間の変化を調べてみた。
  1回目は6月下旬に測定し、たて読み38秒、よこ読み42秒で、読み間違いはなかった。6回目は11月下旬に測定し、たて読み27秒、よこ読み26秒で、読み間違いはなかった。時間の変化の様子は、右のグラフの通りである。
グラフ
ウ 考察
  対象生徒は、「見る力」のアセスメントから両眼の運動機能と視覚情報処理機能に弱さがあると考えた。そこで、その弱さを可能な限り高めるために、上述した通りトレーニングをプログラムし、6月から行ってきた。
  DEMテストでも分かる通り、確実に読む速さが速くなっている。このことから、両眼の運動機能を高めるトレーニングの結果、追従性眼球運動や両眼視がうまくできるようになり、文字を見ることに対する負担が軽くなったと考えられる。更に、その高まりにより集中力が高まり、視覚情報処理機能を高めるトレーニングに非常によい影響を与えた。特に、「線なぞり」や「線なぞり文字探し」で、線と線の間にきれいに線をひいたり、間違えないでできたのは、集中する時間が長くなったことが考えられる。
  対象生徒とその保護者からの聞き取りによると、学習の場面では、黒板の字がよく見えるようになり、以前よりもノートの文字がきれいになったり、徐々にではあるが、学校の成績が伸びたりしていることが分かった。また、家庭では、探し物で困ることも少なくなり、連絡帳も必要に応じて書くことができるようになっていることが分かった。
  これらのことから、対象生徒においては、「見る力」を高めるトレーニングが効果的であったと考える。
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最終更新日:2011-03-30