「食べる」ことから考えよう!−生徒自身が気付き、考える場面を重視した「食」の授業づくりの提案−

 2 高等学校家庭科の意義と学習方法
 (1) 高等学校家庭科の意義と家庭科を通して身に付けさせたい力
 
(ア) 高校家庭科における4つの意義
 平成21年3月に改訂された学習指導要領では、高等学校家庭科において、社会の変化への対応や生涯を見通す力の育成、ホームプロジェクトや学校家庭クラブ活動の一層の充実が重視されています。今回の改訂で目標に掲げられている「家庭や地域の生活課題を主体的に解決する能力と実践的な態度を育てる」ために、高校家庭科における4つの意義についてまとめました。
@自分の位置を知ること
 今回の改訂では、人の一生を生涯発達の視点でとらえ、ライフステージに沿った学習活動をすることが重視されています。青年期、子どもを産み育てること、高齢期という時間軸を追いながら、それぞれの現状と課題について理解させ、社会の一員として主体的に生活にかかわる態度を育てていくことが大切です。そのためには、人と人とのつながり、社会とのつながりを意識しながら、自分についてしっかりと考え、自分が家庭や地域、社会の一員であることを自覚しなければなりません。自分自身が、家族や地域、社会とのかかわりの中で生活していることを自覚することで、毎日の生活の一つ一つが、社会によって支えられていることに気付き、また、自分の意識を変えることが、ひいては社会をも変えることに気付くことができます。
A社会的な視野をもつこと
 例えば、自分の食生活を考える場合、自分自身の行動、自分の家族のことだけを考えるのではなく、一消費者としての考えが社会の流れをつくりだし、地球環境を含めた世界の動きへとつながっているという意識をもつことが大切です。また、そのような視点をもったうえで、「では自分はどう変わるべきか」「どう行動するべきか」ということを、自分自身の行動に立ち戻って考えることが、実践へとつながる第一歩となります。
 
B科学的に分析し、考えること
 自分の生活と社会とのつながりは、その関連性が見えにくいものです。また、毎日の生活に関することも、じっくりと見つめる機会がなかなかないのが高校生の現状です。このような、無意識では見えにくいことを意識して見る、分析することが高校家庭科において付けたい力の一つでもあります。そのためには、身の回りの事象について科学的に認識し、分析的に考えることが大切です。
C体験を通して学び、次に生かすこと
 
 従前の学習指導要領においても、「総授業時数の10分の5以上を実験・実習に配当すること」と明記されているように家庭科の学習においては、「体験」が重視されています。
  中学生・高校生が体験的に学ぶことには、「からだと五感を使ってものごとを理解する」「技術を習得する」「疑問や関心などを次の学びにつなげる」の3つの意味があります。知識として知っていても、体験して初めてその本質を理解することがあります。また、生徒の生活体験が少なくなった現代において、授業の中で本物に触れさせ、体験させることは重視していくべき課題だといえます。さらに、繰り返し取り組ませることによって、技術が確かに身に付いていく喜びを味わわせていくことも大切であると考えます。
 
多々納道子・福田公子『授業力UP 家庭科の授業』 大学教育出版 より
 
(イ) 学んだことを「実践」につなげるための3つの学習過程

家庭科では、 習得した知識・技術を「実践に生かす」ことが求められます。生徒の思考を、「知っている」にとどめることなく、「できる」「やっている」まで引き上げることが大切です。そのためには、次のような学習過程が考えられます。

@「気付く」「知る」
 
 まず、身の回りのできごとに注意を払い、問題点に「気付く」ことが大切です。ここで、アンテナを高くし、好奇心をもって物事を見つめなければ、日常生活における問題点を自分のこととしてとらえることは難しくなります。そのような視点を育てることも、知識・技術を実践へと結び付けさせるために大切なことです。
A「考える」「話す」
 
 次に、問題点と、調べたり学んだりして得た知識を基に、自分で考えてみる、周りと話し合ってみることが必要です。自分の意見を整理し、発表したり、相手の意見を受け入れたりすることで、考えが深まるとともに、幅広い視野を育てることもできます。
  この活動を通して、「分かった!」「なるほど!」という体験へとつながり、知識を自分のものとして定着させることができます。また、話し合い活動を通して自分の考え方や感じ方が変わることを経験することで、柔軟に対処する力も付けることができます。
B「実践する」「伝える」
 
 最後に、このようにして分かったことや、自分の考えや感じ方が変わったことを実践につなげたり、周りに伝えていこうとしたりする態度が備わって、初めて、実践力が付いたといえます。
  高等学校の家庭科教育では、「分かった」だけではなく、周囲に伝え、周りをよりよくしていこうという態度を育てることが求められているといえます。
   
 
(ウ) 実践につなげる授業展開のための手立てと教師の姿勢 

実践につなげる授業をつくるために、どのような手立てや教師の姿勢が必要なのでしょうか。ここでは、4つのポイントを考えてみました。

 
@「気付く」「考える」活動を入れ、発想力を育てる
 
 授業の中で、「気付く」「考える」活動をより多く取り入れます。KJ法やディベート、疑似体験、ロールプレイングなど、様々な手立てを通して、生徒たちが考える時間を大切にすることが大切です。
 
A周囲に目を向け、「見付ける」「ひらめく」姿勢を育てる
 
 周囲に目を向け、「見付ける」「ひらめく」姿勢を育てるための工夫が必要です。つまり、授業の中で、生徒自身がアンテナを高く張り、好奇心をもって周囲を見渡す態度を育てていくことが大切です。そのためには、教師が、日々の授業を通して、様々なものを資料として提示していかなければなりません。導入教材を工夫することが、生徒に「気付く」「考える」きっかけを与え、さらには、「こんなものも研究の材料となるんだ!」というひらめきを与えることにもなります。
 
B「ひとこと発見・気付き」で、授業内容を振り返る力を育てる
 「ひとこと発見・気付き」などの取り組みなど、授業の最後に必ず振り返りの時間を設定することが大切です。貴重な授業時間ですが、たとえ5分でも、授業時間の中で、生徒自身が学習したことや学習を通して考えたことを、自分の言葉で簡潔にまとめたり、キーワードで表現したりする時間を位置付けることにより、授業の内容を振り返らせることができます。
Cわくわくしたり、感動する体験から、さらなる向上心へつなげる
 
 大切なことは、教師自身がわくわくした気持ちで教材研究を行い、授業に取り組むことです。そのことによって、生徒自身にも「やってみよう」「聞いてみよう」という前向きな気持ちが生まれてくると思います。
 
(エ) 発表することで付く力
 家庭科では、ホームプロジェクトの報告会をはじめ、自分が考えたりグループで話し合ったりしたことを発表する機会がたくさんあります。自分の意見を発表するということは、実はとても大変なことです。発表するまでには、多くの思考の過程があります。まずは、学習したこと、考えたことを振り返り、その内容を整理しなければなりません。次に、それらを発表するために、自分の言葉に置き換えます。周囲に共感してもらうためには、単に事実を述べるだけではなく発表者の意思を言葉にしなければならず、発表者は相当な準備が必要となります。最後に、発表の場面では、声の大きさやトーン、姿勢や表情などにも留意して話すことが必要になります。このように、発表するまでには下図のような過程を経ることになります。

 人前で発表し、他者の発表を聞くという経験から、多くの力を身に付けることができます。発表することで「話す力」が付きますし、他者の発表を聞くことで、発表内容を頭の中で再構築しながらまとめるという「聞き取る力」も付けることができます。また、発表内容を自分の意見と比べることで、共感できる面や相違点に「気付く力」も付き、生徒の思考の幅を広げ、豊かな表現力を付けることもできます。このように、発表することや発表を聞くことは多くの力へとつながるため、授業をつくる際に一層重視していかなければならないと考えます。

 (2) 家庭科における問題解決的な学習の推進とホームプロジェクト
 家庭科におけるホームプロジェクトは、生活の中から問題を発見し、それを解決するために家庭科の学習内容を基に主体的に計画し実践する活動です。このように、自分で問題点を見付け解決に向けて取り組む問題解決的な学習方法はすべての学習活動において重視されています。
新学習指導要領でも、高校家庭科のすべての科目でホームプロジェクトの一層の充実が重視されており、問題解決的な学習方法の定着の必要を感じます。
そこで、本研究では、家庭科における問題解決的な学習について、その定義や学習方法について研究し、授業の中で生かす工夫を提案しました。また、ホームプロジェクトを充実させることの意義について提案しました。
(ア) 生徒が主体的に取り組む問題解決的な学習の方法について 

問題解決的な学習とは、日常生活における様々な問題点について、その解決方法を考え、実践して振り返る活動のことですが、今回の研究においてはさらに2つの学習方法に分類しました。

 
「課題を設定し、科学的に検証する問題解決的な学習方法(課題を設定した問題解決的な学習)」
 
 これは、生活を科学的にとらえ、個別のテーマの疑問や問題点を解決するための学習で、例えば、肉の焼き時間による硬さの違いを調べる、衣服の繊維の種類を予想し、燃焼実験で確認するなどの、生活に関わる知識や技術を、実験・実習を通して確認する実証的な学習方法のことです。課題を教師が設定し、生徒がその解決のために主体的に活動する学習で、課題そのものがしっかりとしており、目標設定が明確です。学習を通して、生活を科学的に検証する態度を身に付けることができます。しかし、生徒自らが生活の中から問題点を探し、その解決のために実践するまでには至りません。


 
「課題の設定から始める、問題解決的な学習方法(主体的な問題解決的な学習)」
 

前述の学習方法に対して、さらに生徒の主体性を高めるための学習方法が、課題を設定することから始める問題解決的な学習方法です。今回の研究では、この学習方法について、今後「主体的な問題解決的な学習」と呼ぶこととします。「主体的な問題解決的な学習」とは、日常生活で起こる問題点を生徒自身が見付け、その改善や解決方法を考え、実践して振り返る学習のことです。自分や家族の日常生活を「何か問題点はないか」、「改善することでよりよい生活となる点はないか」という視点で見わたし、取り組む問題点を探すことから始まります。家族の生活時間を調査してそれぞれの役割分担をしたり、食生活を調査して、食事や生活習慣を改善するための手立てを考え実践したり、というように、各自でできることを計画、実践し、その成果を振り返る活動です。
  この学習活動においては、テーマ設定や具体的な学習展開の方法は多岐にわたることになります。生徒が主体的に問題点を見付け、解決に向けての活動をするためには、教師は生徒の技術力や能力を見極め、取り組む問題に適したアドバイスを行うことが大切です。例えば、「家族の問題」といっても、それぞれが抱える問題は様々であり、生徒が自分の家族の中でどこを問題点としてとらえるのかという基準も様々です。生徒が見付け出してきた問題点に対して、解決に向けて適切なアドバイスをするために、教師は、家庭科の教科書の内容だけでなく、時事問題をはじめとした幅広い知識を備えておくことが必要です。
  しかし、生徒が「主体的な問題解決的な学習」に取り組み、学習方法を身に付けることで、家庭や地域の生活課題を主体的に解決しようとする能力と実践的な態度を身に付けることができるわけですから、この学習方法は、生徒の生涯にとって、大きな財産となるはずです。

 
(イ) ホームプロジェクトの充実と生徒の成長

家庭科におけるホームプロジェクトは、本来ならば生徒にとって「主体的な問題解決的な学習」の最たるものですが、問題を見付けるまでの十分な活動時間がとれない、夏休み中の活動のため、教師の支援が困難であるなどの理由から、課題一覧を教師が与え、その中から生徒がテーマを選ぶといった「課題を設定した問題解決的な学習」にとどまっているのが現状だといえます。

新学習指導要領では、ホームプロジェクトや学校家庭クラブ活動の一層の充実が重視されており、これからの家庭科教育においては、生徒が主体的に取り組む問題解決的な学習の方法をいかに効果的に取り入れ、生徒自身の考える力を高めていくかについて大きな期待がもたれているといえます。

ホームプロジェクトでは、下図のような4つの過程を通して(実際にはもっと細かい思考の過程を経て)、活動が進められていきます。また、生徒自身が主体的に取り組む活動であるということが大きな特徴です。この活動を通して、実践力や問題解決能力がはぐくまれていきます。

このことから、家庭科においてホームプロジェクトをおざなりにせず、きちんとした研究として取り組ませることにより、生徒の学習活動全般においても非常にプラスになるといえます。ホームプロジェクトを充実させることで「主体的な問題解決的な学習」の進め方を習得できれば、他教科においてはもちろん、日常生活のあらゆる場面で問題を発見し、よりよくしていく能力と態度へと結び付きます。また、この活動は、それぞれの場面において振り返りを行います。「学習内容の振り返り」の態度を定着させることで、上級検定への取り組みや教科の学習でも、着実に進めることができることになります。そして何より、一つの研究物が完成することにより、生徒自身が「できた!」「やり遂げた!」という達成感を味わうことができることは大きな自信へとつながります。達成感による喜びと自信は、次の取り組みへの意欲へとつながります。この喜びを味わわせることにより、目標をもった学習活動ができる生徒を育てることができます。

 (3) 「気付く」、「考える」場面を重視した授業展開

「主体的な問題解決的な学習」を進めるに当たっては、生徒自身が考え、問題点に気付く時間を確保することが大切です。前にも述べたように、「主体的な問題解決的な学習」において最も大切な場面は、問題を発見する部分です。そのためには、生徒が自分自身のことや周囲を見渡して考え、よいところや悪いところについて考えることが非常に大切です。ここでは、生徒が「気付く」「考える」場面を重視した授業展開について、教材の工夫、授業の工夫、活動の工夫の3点からまとめました。

 
(ア) 「気付く」「考える」場面を設定するための教材の工夫 
 「気付く」「考える」場面を設定するためには、教材を工夫することが大切です。「肉や魚が食卓に上るまでの過程を知らない」、「日本の食料自給率を知らない」などという生徒が増える中で、日本や世界の現状を知らせ、身の回りの出来事に興味をもたせることは非常に大切なことです。さらに、生活体験が不足している生徒には、授業の中で体験不足をカバーしていかなければなりません。
  このことから、今回は「食」に関する分野の授業の導入教材として、自分の生活と照らし合わせながら食生活を振り返ることができる教材や、周囲に目を向け、自分自身の行動について考えることができる教材を取り上げました。ゲーム感覚で楽しみながら学んだり、資料から読み取れることを考え、話し合うという活動は小・中学校で多く用いられる方法ですが、高校生にとっても有効な活動であるといえます。
 
(イ) 「気付く」「考える」場面を生かす授業の工夫 

教材の工夫とともに重視したいのが、授業の工夫です。生徒が気付き、考えたことを自分の知識として定着させたり、他の人の意見を聞きながら考えを深めたり改めたりするための授業展開やワークシートの工夫を提案しています。

 
@授業展開の工夫
 
最も大切なものは、やはり授業展開の工夫であるといえます。生徒に何を気付かせたいのか、何を考えさせたいのかといったような教師の意図を明確にして授業を展開することで、50分の授業の中でめりはりのある活動ができると思います。また、授業の最後に振り返りの時間を取ることで、生徒は学習内容を振り返り、内容の再確認をするとともに、知識や技術の習得度や授業への意欲について自己評価ができると思います。
 
Aワークシートの工夫
 
次に、ワークシートの工夫が大切だと考えます。中学校においては、ワークシートの工夫が多くなされています。高校家庭科においても、授業の流れが一目で分かり、生徒が手元に残しておきたいと思うようなワークシートを工夫していくことが望ましいと考えます。具体的な授業展開の仕方やワークシートの作成については実践事例を見てください。また、「気付く」場面、「考える」場面、「知識を身に付ける」場面などのように、生徒の活動場面を明確に区切ることで、次の授業展開を予測させながら、生徒の集中力を維持するという工夫も考えられます。
 
 
(ウ) 「気付く」「考える」ための活動の工夫 

「主体的な問題解決的な学習」において、生徒が「気付く」「考える」ための活動の工夫について、以下のような方法が考えられます。

中間らによる『家庭科への参加型アクション志向学習の導入』で紹介された学習方法を基に、問題発見からその問題を解決し、学習活動の成果を発表するまでの各過程における生徒の活動を次のように図式化しました。これらの活動を通して、考えを膨らませたり、系統付けたり、精選したり、あるいは他人と共有することができます。教師は、生徒に、研究を進めていくための活動方法を伝え、場面に応じて的確な活動を取り入れさせることが大切です。場面に応じた的確な活動をすることにより、生徒が生活の中から問題を発見し、解決に向けて研究するための大きな手立てとなります。

中間美砂子 編著 『家庭科への参加型アクション志向学習の導入』 大修館書店より

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最終更新日:: 2010-03-24