○ 学習指導案    小学校第5学年 「 社会科 」


1 単元名 「 日本の工業の特色 」 (平成20年10月実施,31名)        

授業実践者:冨永 和重

2 単元とその指導について

工業は,原材料を加工し,その形や性質を変えて生活や産業に役立つ製品をつくり出す産業である。日本は,世界的に見て高い技術力と生産力をもっており,世界有数の工業生産国となっている。工業に従事する人数も多く,約800万人が直接工業に携わる仕事をしている。

工業生産に必要な原材料については,そのほとんどを海外からの輸入にたよっており,加工した製品を海外に輸出している。そのため,これまでの工業地域は太平洋ベルトと呼ばれる関東地方南部から九州地方北部の海沿いに発達してきた。近年は,製品の小型化や交通網の整備などにより,工業地域は海沿いから内陸部へもその広がりを見せている。また,最近では,日本の貿易黒字に対する貿易摩擦の解消や,アジア近隣諸国などでの安価な労働力を求めて,日本企業が海外の工場で生産するという現地生産も増加している。さらには,日本企業により海外で生産された製品が,逆に日本国内に輸入されるという「逆輸入」も年々増加している。今や逆輸入が輸入総額の15%を超えているという現状があり,日本の工業の特色として,現地生産の増加というものも無視できないものとなっている。

このような我が国の工業の特色をとらえさせ,今後の発展を考えさせていくことは,我が国の工業生産が国民生活に大きな影響を与えていることに気付かせることにつながり,さらには,これからの社会の在り方について考えを深めさせていくという意味で意義あることと考える。

児童は様々な工業製品に囲まれて生活しているものの,児童の生活する校区に幾つもの工場が在る訳でもなく,工業に対する関心は高くはない。

資料の活用に関しては,資料から直接分かる事実を読み取ること,読み取った事実から考えることの2段階で指導を受けている。事実の読み取りはほとんどの児童ができるようになってきているが,読み取った事実を基に考えることに関しては,まだまだ指導の余地がある。

文章表現に関しては,能力差が大きく,抵抗なく取り組める児童も多い半面,指導を要する児童も多い。人前で自分の考えを話すことに関しては,5年生という発達段階もあり,抵抗をもつ児童が増えてきている。

学習のスタイルとして,1学期に討論意思決定型の学習の経験がある。水産業の学習で,「これからは外国からの水産物の輸入をやめるべきである」というテーマで意見を交わした。資料は教師側が与え,それを基に主張をつくり,意欲的に考えを述べ合う姿が見られた。討論後の判断の場面では,討論の流れを生かして判断をしようとする意識は見られたが,討論全体を振り返り,公正に判断することに関しては,指導の余地が残っている。

指導に当たっては,日本の工業の特色をとらえる学習を,児童の意識の連続性を大切にした単元として構成する。

 まず,世界的に見て日本の工業生産量の多さに気付かせたり,具体的な日本製品の優秀性を知らせたりして,日本の工業力の高さをとらえさせ,日本の工業について関心をもたせる。その後,日本は,どのような製品をどこでつくっているのかを,統計資料や地図を基に調べさせ,日本の工業の特色をとらえさせる。また,工業地域等の分布から疑問を導き,「なぜ海沿いに集まっているのか」「なぜ内陸にはIC工場等があるのか」等を交通網や貿易との関わりからその立地条件に気付かせていく。さらに,日本企業の製品なのに外国製の品物,つまり,逆輸入された品物が身近にあることに気付かせ,近年増加傾向にある現地生産について調べさせる。そして,この現地生産が今後増加するとどうなるかを考えさせ,今後も更にすすめるべきか,これ以上は控えるべきかを判断させる。

3 思考力育成の視点

思考するということは,複数の情報をいろいろに関係付け,新たな関係をつくり出すことととらえる。そこで,思考力を育成するために以下の3点に指導の視点をおく。

 

【視点@】資料を活用することを通して思考力を高める
 本単元は統計資料や地図等に触れる機会が多い。そこで,資料から事実を読み取り,複数の事実を比較・関連・総合的な見方をさせる。このことにより,複数の事実の間にはどのような関係があるのか意味付けさせたり,どのような特色があるのかをつかませたりすることにつながる。主に日本の工業の特色をつかませる段階で,資料の活用から思考力を高めていきたい。

 

【視点A】表現することを通して思考力を高める 
 調べたことや考えたことを他者に伝える,つまり表現することは,自分の中に蓄えられた情報を関係付けて表出することになる。そこには多くの思考を要する。そこで,友達と意見を交換すること,また,意見の交換により獲得した情報を基に考えを再構成し,考えを文章にまとめることなど,表現することを通して思考力を育成したい。より多くの情報を関連させることも大切であるが,新たに関係付けられ抽象化されたものを,別の具体的な例で演繹的に表現する際にも思考を要する。たくさんの事実を関連させているか,具体的な例に置き換えることができるかで思考力の高まりを見取っていきたい。

 

【視点B】公正に判断することを通して思考力を高める
  児童は学習の中だけでなく,様々な場面で判断しながら生活している。もちろん直感で判断することもあるが,じっくりと考え判断することも大切である。そこで,本単元では,より公正に判断できるように判断の仕方を指導する。

判断を行う際,児童はメリットを比べて判断するであろう。しかし,メリットは,実際にどの程度の割合でそうなるのかという「量的なもの」と,そのメリットがどの程度重要(大切)なものなのかという「質的なもの」で構成されている。つまりメリットの「量」と「質」の両面から見ないと公正に判断することには繋がらない。

そこで,まず,児童にメリットを「量」と「質」の2つに分け,視覚的に見えるように評価させる。そして,評価した「量」と「質」の両面から総合的に考えさせ,どちらの立場をとるべきか判断させる。このようにメリットを「量」と「質」の両面から評価し,公正に判断することを通して,思考力を高めていきたい。

 

4 単元の総括目標

我が国の工業の特色をとらえさせるとともに,我が国の企業による海外での現地生産の増加について考えを深めさせ,これからの工業生産の在り方について自分なりの考えをもたせる。

5 単元の評価規準

社会的事象への
関心・意欲・態度
社会的な思考・判断
観察・資料活用の
技能・表現
社会的事象についての
知識・理解

日本の工業生産に関 心をもち,日本の工業の特色を調べようとする。
 これからの日本の工業生産の在り方について考えようとする。

我が国の工業の盛んな地域の立地条件を考えることができる。
 
海外における現地生産について広い視野から検討し,自分なりの考えをもつことができる。

複数の資料を関連させて読み取ることができる。

資料から読み取ったことを基に自分の考えをまとめ,文章に表すことができる。

原料を輸入し製品を輸出するという日本の工業生産の特色が分かる。

日本の工業は太平洋ベルトを中心に行われているが,貿易や運輸も工業生産に重要な役割を果たしていることが分かる。

6 単元の計画 (全8時間)

児童の学習活動
教師の指導・支援(※評価)
日本の工業生産のすばらしさを感じ取り,学習問題をつくる。
日本の工業の特色を調べよう







日本の工業生産量の多さをつかませるため,資料を与え読み取らせる。
日本の工業が量だけでなく,品質の面でも高く評価されていることに気付かせるため,「痛くない注射針」や「町工場で作られたロケットの先頭部品」などの例を提示する。
日本の工業に関心をもち,進んで学習に取り組もうとする。
[関心・意欲・態度]【ワークシート】
日本の工場は,どのようなものをつくっているのか調べる。



どのような種類の工業製品をつくっているのかつかませるために,生産額,工場数,働く人数に関するグラフを与え読み取らせる。     【視点@】
工業製品の種類を理解する。
    [知・理]【ワークシート】
工業の盛んな地域の位置について調べる。









工業の盛んな地域が日本のどのあたりに集中しているのかつかませるため,工業生産額の高い都市を地図中に表させる。
それぞれの工業地域・地帯及び太平洋ベルトなどの用語を伝えると共に,その語源を考えさせ定着を図る。

工業の盛んな都市を地図中に二表すことができる。 [技・表]【行動観察】
日本の工業の盛んな地域を理解する。
     [知・理]【ワークシート】
工場が集まっているところはどのようなところかを考え,工場の立地条件をつかむ。







それぞれの工業地域・地帯がどのような製品をつくっているのかグラフから読み取らせる。
海沿いや内陸に工業地域が形成される理由を考えさせるため,工業製品の原料や製品の行き先,また,高速道路や飛行場などの分布図を提示する。 
            【視点@】

海沿いや内陸に工業の盛んな地域が形成された理由を考えることができる。    [思・判]【ワークシート・発言】
海外での現地生産が増えている事実を知り,その影響を考える。
海外での現地生産について考えよう











日本の工場が海外に進出している事実をつかませるために,日本のメーカーなのに外国産の表示がある製品を提示する。
海外での現地生産が増えている事実から今後の影響を考え,今後も更にすすめるべきか,これ以上は控えるべきかを判断させる。     【視点A】
現地生産の増加によってどうのような影響が起こるのかを考え,現地生産を今後も更にすすめるべきか控えるべきかを判断することができる。             [思・判]【ワークシート】
海外での現地生産を更にすすめるべきか控えるべきか討論を通して考える。






自分の立場に固執しないように機械的に立場を分け,相手の立場を批判的に検討させる。      【視点A】
資料に基づいた意見を短時間で考えることができるように,教師側でも討論の流れを予測し,必要と思われる資料を準備しておく。
現地生産を今後も更にすすめるべきか,控えるべきか,討論を通して考えを深めることができる。
    [思・判]【ワークシート】
海外での現地生産を更にすすめるべきか
控えるべきか判断する。










討論の立場を離れ,両方の立場から検討させる。
前時の討論を振り返り,それぞれのメリットを「量」と「質」の両面から評価する。

評価したメリットの「量」と「質」を総合的に考え,今後海外での現地生産を,更にすすめるべきか控えるべきかを判断させ,判断理由を書かせる。
       【視点A】【視点B】
現地生産を今後もすすめるべきか控えるべきかをメリットの「量」と[質」の両面から総合的に考えて判断し,判断理由に表すことができる。
    [思・判]【ワークシート】
日本の工業の特色及びこれからの日本の工業の在り方について自分の考えをまとめる。



単元全体を振り返らせ,キーワードとなる言葉を出させる。そのキーワードを使い,文章にまとめていかせる。【視点A】
日本の工業の特色やこれからの工業の在り方についてまとめることができる。[思・判]【ワークシート】
※ 【視点@】は,資料を活用することを通して思考力を高める手立て
  【視点A】は,表現することを通して思考力を高める手立て
  【視点B】は,公正に判断することを通して思考力を高める手立て

7 本時の学習指導 (7/8) 

(1) 目標
海外での現地生産を更にすすめるべきか,これ以上は控えるべきかを,メリットの「量」(どのくらい起こりそうなのか)と「質」(どのくらい重要・大切なのか)の両面から総合的に考えて判断し,判断理由に表すことができる。(社会的な思考・判断)
(2) 展開
児童・生徒の学習活動
教師の指導・支援(※評価)
前時の学習を振り返り,学習問題をつかむ。
これからの社会のために,海外での現地生産をさらにすすめるべきか,これ以上はひかえるべきかを考え,判断しよう
前時の討論の深まりを称賛するとともに,本時は立場を離れ、公正に判断することを伝える。
海外での現地生産を更にすすめること,また,これ以上は控えること,それぞれにより発生するメリットについて,前時の話し合いを振り返りながら,評価する。
(1) メリットがどのくらい起こりそうなのか(量)と,どの程度重要なのか(質)を評価し,図に表す。
(2) なぜそのように評価したのか,それぞれ理由を書く。
(3) 友達と評価を交流する。
(4) 自分の評価を見直す。
「これからの社会のために」ということを意識させる。しかし,児童それぞれに,また,メリットそれぞれによってイメージする「社会」の範囲が違うと考えられる。そこで,「これからの社会」のとらえ方について児童と話し合う中で整理し,現地生産をすすめる側は,国という枠組みは薄くなるが,世界を総合的に考える社会,控える側は大きくとらえる前に国という枠組みを大切にする社会というイメージをもたせる。
判断を行うためには「量的なもの」と,「質的なもの」の両面から考えていく必要があることをとらえさせるために,例を提示する。
公正な判断を導くために,評価の仕方を指導する。
メリットがどのくらい起こりそうなのかという「量」と,メリットがどの程度重要(大切)なのかという「質」を図に表わさせる。
評価理由を書かせる際,限られた時間ですべてを記述させるのは困難と考える。そこで,特に顕著な評価のものを中心に評価理由を記述させる。
メリットの評価を基に,どちらの立場をとるべきか判断し,判断理由を書く。
メリットの評価を基に判断を行わせ,判断理由は,評価理由を基に考えさせる。
判断理由の説得力が増すように,なるべく日常生活や他の社会的事象に置き換えた具体例を入れるよう声掛けする。
現地生産を今後もすすめるべきか控えるべきかをメリットの[量]と[質」の両面から総合的に考えて判断し,判断理由に表すことができる。
     [思・判]【ワークシート】
数名に発表させ,内容面,表現面のよさを称賛し,今後の学習に生かせるようにする。
本時の学習を振り返る。 以前に書いた判断理由と,本時に書いた判断理由を比べさせ,自分の思考の深まりを実感させる。
※ 資料等
指導案 ワークシート

8 児童の反応

  • くじ引きを例に,メリットがどのくらい起こるのかという「量」と,メリットがどのくらい重要(大切)なものかという「質」とを説明したことにより,判断する前に,それぞれを評価する必要性を感じていたようである。
    メリットの「量」と「質」について評価するときには,評価理由まで書かせるようにした。このことにより,これまでの学習を振り返り,根拠をもって評価しようとする姿が見られた。
    判断理由に具体的な例を入れさせて説得力を高めさせようとしたが,児童にとっては難しかったようである。

9 授業を終えて

  • よりよい社会をつくるためには,公正に判断する力が大切だと考える。そのための方法として,メリットの「量」と「質」に分けて評価させ,それらを総合して判断する方法を提案した。現地生産という,児童にとっては難しい内容についての判断であったため,評価や判断に迷う場面も見られたが,判断の方法としてはさまざまな場面で応用できるものであると感じた。
    判断理由の書かせ方,また,その評価についてはまだまだ研究の余地がある。今後も児童の思考力を高める指導の在り方とともに,その評価についても研究を深めていきたい。