中学校美術科学習指導案    第3学年選択美術  


1  単元名 「絵巻物『鳥獣人物戯画』を味わおう 〜鑑賞と表現の両領域からのアプローチ〜」
                                (平成19年10月実施,30名)

授業実践者:衞藤 拡典

2 題材とその指導について

題材観
 絵巻物は,時間の推移を表現できるという特性を持っている。そこには作品の主題としての「物語」が「絵」と「ことば」によって表されている。言うなれば絵巻物は「物語と絵画のコラボレーション」によって生み出された日本特有の表現形式である。絵巻物の表現形式である巻子は,一度に画面全体を見渡すことができない構造であり,鑑賞者が絵巻物を見るためには「巻き取る」という主体的な行為が必要とされる。この巻き取るという行為によって,鑑賞者は絵巻物における時間の推移を自由に操ることが可能となり,絵巻物を味わうことができるのである。
 絵巻物の成立や巻子という表現形式について学ぶことで,日本の文化や伝統についての理解を深めたい。また,「鳥獣人物戯画」に登場する兎や蛙などの動物達は,目にする機会も多く親しみやすい。擬人化されたキャラクター達のユーモラスな動作から絵巻物に表された物語を読み解くことで,生徒の想像力を高めることができると考える。さらに,擬人化や白描法などに触れることで,表現の手法や技法についての知識を広げたい。

生徒観
 本選択美術の生徒は,鑑賞活動に対する関心が高く,意欲的に活動に取り組むことができる。絵巻物については,社会科で学んだ知識は持っているが,その特性や背景について詳しくは知らない。また,実際に巻子を巻き取りながら鑑賞したことのある生徒はいない。

指導観
  指導にあたっては,絵巻物の連続性を生かし,鑑賞と表現の両領域を関連付けた指導を行うことにより,生徒のイマジネーションを喚起し,日本美術に対する興味を持たせたい。そのために「鳥獣人物戯画」を巻子の形態で「絵巻物」として鑑賞することで,絵巻物の構造について理解させる。また,画面から聞こえてくる音を想像し画中に書き込むことによって視覚と聴覚を結びつけて臨場感を味わわせたり,登場するキャラクター達の会話を考えることによって感情移入させたりすることで,生徒を物語の舞台の中へと入り込ませたい。さらに,「鳥獣人物戯画」は絵巻物の構成要素である詞書を欠いているため,鑑賞者は絵から受けたイメージによって物語を解釈する余地が残されている。そこで,予め欠落させておいた途中の画面を前後の状況から推理し,絵として表現させることで,絵巻物の主題である物語の存在について改めて考えさせたい。

 単元におけるコンピュータの活用について

・ フラッシュなどのアニメーションを用いて絵巻物を鑑賞できるWebページを利用し,生徒の絵巻物への理解を深める。


3 指導計画 (全2時間)

  • (1) 絵巻物について学ぶ
    (2)  「鳥獣人物戯画」を味わう
  •   @ 巻子を巻き取りながら鑑賞し,時間の推移を実感する
  •   A 臨場感を味わう  
  •      「絵の中から,どんな音が聞こえてくるかな?」
  •   B 感情移入する 
  •      「登場人物たちの会話を考えて,吹き出しの中に書き込もう!」
      C 欠落した画面を推理し,文章で表す 
  •      「登場人物たちはなぜ走っているのでしょうか?推理してみよう」
  •                               (以上1/2時間)
      D 作者になる(欠落した画面を絵として表す)
  •   
    (3) 描いた作品を鑑賞する            (以上本時)

4 本時の学習指導 (2/2時間) 場所:美術室 時間:2校時

 (1) 目標

    ア 欠落した画面を前後の場面から推理し,絵として表そうとする。【関心・意欲・態度】
    イ 自分の想像した画面を絵として表し,前後のつながりを考えた物語として表現できる。
     【発想や構想の能力】
    ウ 絵巻物の表現方法について理解し,主題としての物語に気付く。【鑑賞の能力】
  (2) 評価規準
    【関心・意欲・態度】
     絵巻物に関心を持ち,欠落した画面を絵として表現しようとする。
    【発想や構想の能力】
     欠落した画面を絵として表し,前後のつながりを考えた物語として表現することができる。
    【鑑賞の能力】
     絵巻物の表現方法について理解し,作品を味わいながら鑑賞する。
  (3) 展開
児童・生徒の学習活動
教師の指導・支援(※評価)
本時の学習目標や内容を確認する。



「鳥獣人物戯画(甲巻)」のレプリカを提示し,前時の活動を振り返らせる。
猿・兎・蛙は,なぜ走っているのか,次の画面を想像して描く。


 
 ↑ この画面に続く画面を考える
【準備するもの】
・ 活動プリント(画箋紙)
・ 筆ペン
(意見の分かれるところだと思いますが,描画には筆ペンを使用しました)













 欠落した画面のイメージを,文章から絵へと具体化させる。
 前後のつながりのある物語として表現させる。
 画面上では次に来るが,時間軸の上では前の出来事であることを押さえる。
 背景を描き加えることで場面設定をしてもよい。自分で考えた新しいキャラクターを登場させてもよい。描いている内に,前時に考えた物語と絵の内容が変わってもよい。
【関心・意欲・態度】
 絵巻物に関心を持ち,欠落した画面を絵として表そうとする。
【発想や構想の能力】
 欠落した画面を絵として表し,前後のつながりを考えた物語として表現できる。

友人の考えた画面を知る。

【準備するもの】
・ 実物投影機
・ プロジェクタ



 作品を実物投影機でスクリーンに映し,自分の考えた画面を発表させる。
絵巻物の表現形式や特性についてまとめる。





 絵巻物には,主題としての物語が存在することを押さえる。
  「鳥獣人物戯画」は,再構成された可能性があり,生徒の考えた場面設定も有り得たことを伝え,余韻を残して終わる。
 【鑑賞の能力】
 絵巻物の表現方法について理解し,作品を味わいながら鑑賞する。
※ 資料等
指導案       
 5 生徒の反応(生徒の感想から)
  •  絵巻物はすごく面白いものだと分かった。
     絵巻物の鑑賞は初めてだったが,画面の変化とともに物語が分かっていく感じが楽しかった。
     音や台詞を考えることが想像以上に難しかった。でも,普段使わない頭を使えてよかった。
     創造力を膨らませられて楽しかった。次に続く実物の場面が見たい。
     自分の考えた画面を描くことができてとても楽しかった。
     絵として表現することが難しかったが,想像力がつきそうで良かった。白黒であれだけ表現できるのはすごいと思った。
  •  生徒の感想及び授業参観者の意見

6 授業を終えて(授業者の考察)

  •  授業で目指したもの
     今回の授業では,生徒のイマジネーションを喚起することを目指しました。そのために,表現と鑑賞の両領域を関連づけた題材開発の必要があると考えました。 
     絵巻物は画集や展覧会等で目にしますが,いずれも長い巻子の一場面を見るに留まっています。絵巻物の面白さを伝えるためには,何より生徒自身の手元に絵巻物を用意する必要があると考えました。実際に巻子を巻き取ることによって,生徒に時間の推移を実感させることができました。また,鑑賞にあたっては絵巻物の連続性を生かした手立てを盛り込み,絵巻物を教材として一般化できる内容を目指しました。
    ・ ワークシート1では,「オノマトペ」を臨場感を表す手段ととらえました。
    ・ ワークシート2では,台詞を考えることによって登場人物への感情移入を図りました。
    ・ ワークシート3では,欠落させた画面を推理することによって物語の存在を意識させました。
    ・ 本時では, 欠落した画面を描くことによって作者と一体化することを意図しました。

     これらの取り組みによって,生徒に絵巻物を身近に感じさせ,日本の美術作品への興味を喚起することができたのではないかと考えています。 
     「鳥獣人物戯画」について
     教材研究では,「鳥獣人物戯画」を眺めれば眺める程,たくみな表現に感嘆させられました。特に今回の授業で選択した場面や「弓競べ」の場面では,鑑賞者に問いが投げかけられ,画面の進行とともに種明かしがなされます。絵巻物では時間が右から左へ一直線に流れるとばかり思っていた私は古人の知恵の深さに脱帽しました。
     本時の題材では生徒に時間軸の混乱が見受けられ,指導が行き届かなかったことを反省しています。
     画材について
     描画材料については意見の分かれるところだと思います。今回は,白描の雰囲気を出すために「筆ペン」を使用しました。墨で描くことも考えましたが,製作時間の都合で省略しました。また,活動プリントはレプリカより大きなサイズの画箋紙(A4サイズ位)を使用しました。大きめの紙の方が描きやすいと考えましたが,扱い慣れない画材にとまどいもあったようです。しかし,動物を上手に描けなかった生徒がレプリカをトレースする際に,薄い和紙は非常に重宝しました。
     その他
     サントリー美術館の企画展「鳥獣人物戯画がやってきた」(2007年11月3日〜12月16日)の研究成果を参考にできればよかったのですが,会期の都合で授業には間に合いませんでした。また,BT(美術手帖)2007年11月号の特集「鳥獣人物戯画絵巻」も充実しています。こちらも授業に間に合いませんでしたが・・・
     また,2007年11月3日放送のNHK-BSハイビジョン「奇跡のエンターテインメント 国宝『信貴山縁起絵巻』の大宇宙」では,京都の小学校での活動が紹介されていました。生徒が登場人物の会話を考え,色画用紙を台詞の内容に応じた形に切り取って吹き出しをつくり,画面に貼り込んでいました。子どもたちは意欲的に取り組んでおり,興味深く拝見させていただきました。
  • ※ 絵巻物の教材化に興味のある方はこちらもどうぞ。「霞」について考察しています。
  •  「絵巻物を通して画面構成の工夫を考えよう」(H18年度の実践)
  •  「絵巻物についての一考察」
TOP