「意思決定を取り入れた討論型の学習」に取り組んでみませんか!

3 研究のまとめ(1年次)                                  
(1)研究の考察
 考察の視点
 
  社会的な問題を把握する段階に焦点を当て、社会的な問題を明解にする手立てを取り入れた研究をしてきました。この手立ての有効性について、以下のアからウの3点を視点に考察します。1年次は、小学校での授業に重点を置き、公開授業を行いました。このため、小学校での実践を基に考察します。
  ア 切実感をもって討論に参加するようになること
イ 社会的な問題に対しての自分の考えを深めることになること
ウ 説明したり、論述したりする力を育成することになること
  なお、考察のために抽出した児童の記述については、ワークシートの記述を直接引用しています。 
   
 ア 「切実感をもって討論に参加するようになったか」についての考察 
 
  切実感をもって討論に参加するようになったかどうかを、実践事例3小6「明治の国づくりを進めた人々」その1を基に考察します。明治政府の諸政策について、「明治政府は国家の発展を優先した政策を行ったこと」から「国家の発展」と「国民の安定した生活」のどちらを優先すべきだったかについての1回目の意思決定(本時)を迫りました。
  まず、 その際のワークシートの記述内容から切実感をもつことができたかを学級全体で考察します。次に、図8の内訳において、合意や打開に向けた考えを付加していたX児と、意思決定をしているが判断に悩んでいる記述をしていたY児を抽出して、考察を加えます。切実感をもっているかは、次の表5のような3つの基準で判断しました。
表5 切実感をもったかを判断する基準とその捉え方
切実感をもったかを判断するめやす
切実感をどう捉えたか
 ・ 合意や打開に向けた考えを付加している  何とかして解決したいという課題意識の表れ
 ・ 意思決定をしているが判断に悩んでいる記述がある  当事者意識が芽生え、深く考えていることの表れ
 ・ もっと調べたいことや疑問に思ったことの記述がある  解決に向けて、深く調査し判断したいという意欲の表れ
 
【学級全体の様子】
  表5の判断のめやすを基に、 学級全体の記述の様子は図8のようになりました。合計約73%(22名)が社会的な問題に対して切実感をもったと考えます。これは、なんとか両立できないか模索する姿や情報が足りずに決めかねている姿がうかがえます。社会的な問題を明解にし、1回目の意思決定を迫ったことにより、新しい課題や疑問が生じ学習を続ける意欲へと結び付いている姿だと考えます。

図8 本時の振り返りの記述の内訳
 n=30
※複数の記述が見られた児童は1つの記述だけカウントしている。
   
【打開に向けた考えを付加したX児】
  資料1
の□部のようにX児は、「政府は、国民のことを考えた政策をすること、国民も国のことを考える必要がある」という合意や打開に向けた考えを付加しています。これは、「国家の発展」と「国民の安定した生活」とで優先すべき判断 が分かれてしまうという問題を把握することができている姿だと考えます。さらに、何とかしてこの問題を解決したいという課題意識をもっていると考えます。
  このことから、X児は社会的な問題に対しての切実感をもったと判断します。

資料1 X児の記述(合意や打開に向けた考えの記述)
   
【決めきれないことを表現したY児】
  資料2の波線部のようにY児は、国民の生活を優先すべきと考えています。しかし、「どちらも良くてどちらも悪くないから決めきれませんでした。」という記述をしています。これは、「国家の発展」と「国民の安定した生活」とで優先すべき判断 が分かれてしまうという問題を把握することができている姿だと考えます。また、どちらにも社会的な価値があることに気付いており、当事者意識をもって深く考えたことから自分が下した判断が揺らぎ悩んでいると考えます。
 このことから、Y児も社会的な問題に対しての切実感をもったと判断します。

資料2 Y児の記述(意思決定はしているが、悩んでいる記述)
   
  これらのことから、社会的な問題を明解にする手立てにより、判断が分かれる社会的な問題について、問題を明解にし、意思決定を迫ったことで、討論型の学習に切実感をもって臨んでいると考えます。
   
 
  さらに、討論に参加する意欲について単元に入る前(7月)と討論後(9月)に取った意識調査を基に考察します。
  社会科の授業で自分の考えを発言できるか(できたか)を問うた答えを見てみると、単元に入る前の調査では、図9のように、約81%(26名)の児童が発言が「できない」、「あまりできない」と答えていました。しかし、実践事例3の単元を終えた、討論後の調査では、図10のように、80%(24名)の児童が、「できる(できた)」、「どちらかといえばできる(どちらかといえばできた)」と答えています。
  このことから、児童は本単元において、発言することができたと感じるようになっています。これは、自分の考えを発言できたことで、発言に対して自信をもったことがうかがえます。

図9 社会科における発言についての意識調査(7月)
 n=32


図10 社会科における発言についての意識調査(9月)
 n=30
 
 また、図10において、「できる」、「どちらかといえばできる」と答えた理由を追調査したところ、「自分が言いたいことが言えたから」や「言い方が分かったから」、「答えを自分で考えられたから」など、自分の考えを表出できたことを述べています。また、「友達がよく聞いてくれた」と友達に認めてもらえたことを述べている児童もいました。
 
 これらのことから、児童は本単元を通して、積極的に発言しようとする意識が高まったと考えます。また、切実感をもって討論に参加したことがうかがえます。これにより、社会的な問題を明解にする手立てが、切実感をもって討論に参加するようになることに有効であると考えます。
 
 イ 「社会的な問題に対しての自分の考えを深めることになったか」についての考察
   社会的な問題に対して自分の考えを深めることになったかどうかを、実践事例5小6「新しい国づくりは、どう進められたの」を取り上げて考察します。考えの深まりについて、ワークシートの記述を基に学級全体、抽出児B児とE児で考察します。考えが深まったかは、次の表6のような2つの基準で判断しました。
表6 考えが深まったかを判断する基準とその捉え方
考えが深まったかを判断するめやす
考えの深まりをどう捉えたか
 ・ 複数の立場を考慮している  複数の立場を比較し、多面的に考えることができている
 ・ 考えの根拠が明らかになっている  データや理由付けと主張を結び付けられている

【考察に関わる単元の概要】
 教科書を中心にした学習のまとめとして、前時において、明治政府の諸政策についてのよい点を調べ、整理させました。この際に、振り返りとして、これまでの学習で分かったこと、考えたことを記述させました。次に、実践事例の本時(社会的な問題を把握する段階)において、対立した立場のうちどちらを大切にするのかを問うた際、児童に1回目の意思決定を記述させました。その後、討論型の学習を終えた後に2回目の意思決定をさせました。その際、単元の最終的な考えと単元の振り返って考えたことを記述させています。

【学級全体の様子】
 
学級全体のワークシートを、考慮されている立場数と考えの根拠を基に、図11図12、図13のように整理し、学級全体の様子を考察します。これらの図は、横軸に考慮されている立場の数、縦軸に考えの根拠にされているデータや理由付けの数を据えた各児童を○及び抽出児A、B、Eでプロットしています。

図11 前時の記述の内容分布 n=32

図12 本時の記述内容分布 n=31

図13 討論後の記述内容分布 n=30
※ 記述に含まれる立場数は、自分の考えのみ…0、国家(政府)の立場または、国民の立場…1、両方…2
※ データの数とは、歴史的事象やよい点や問題点として挙げた事柄の数
※ 理由付けとは、自分の考えを述べるために、自分なりに理由を付けて述べている数(データが含まれない理由の数)

  図11図12を比較すると、本時において、2つの立場から振り返りを記述することができた児童が、前時の約6%(2名)から約84%(26名)になっています。これは、社会的な問題を把握し、対立点を明確に捉えた姿と考えます。また、根拠も1つ以上挙げられていることから、立場を比較した多面的な思考ができていると考えます。つまり、考えが深まっている姿と捉えます。立場が1つしか書けなかった児童も、1つ以上の根拠を基に自分の考えを記述することができています。これは、対比については述べられなくても、意思決定をすることはできたと捉えています。さらに、 図13と比較すると、討論後になると、約94%の児童が2つの立場から記述することができました。

【多面的な見方ができるようになり、判断の難しさに気付いたB児】
  B児は、前時において、明治政府の政策のよい点について調べた際、資料3のように振り返っています。明治政府の政策が条約の改正につながったことや現在から約100年前に現在の制度の基ができていることに驚いています。このことから、明治政府の政策の目的や現在とのつながりなど1つ1つの政策を総合的に考えようしている様子がうかがえます。しかし、よい点を調べた段階では、現在の自分から明治時代の政治に対する感想を述べているに過ぎず、一面的な考えであったと考えます。
 社会的な問題を把握する段階において、「国民の安定した生活」と「国家の発展」との対立が明らかになった本時では、 資料4のように振り返っています。国の発展を優先すべきとする根拠として、日清・日露戦争に勝利し賠償金を手に入れたことや(日本が外国を)支配したことを挙げています。これは、明治政府の富国強兵策による成果をよい点と捉え、国民の生活について、苦しくなったことに触れながら比較して判断していると考えられます。このことから、国家と国民という2面から明治政府の政策を見始めていることが分かります。しかし、国家の発展が軍事的なものであったり、国民の生活と比較した根拠が曖昧であったりしており、国の発展を支持した根拠として論理的に関連付けるまでには至っていないと考えます。
  討論後、B児は、 資料5のように、「やっぱり」という言葉を付け、国の発展を支持しています。しかし、根拠として、自由さ、便利さと生活の苦しさで「国の発展」と「国民の生活」を比較している記述が見られます。さらに、資料6のように比較する難しさや完璧な政治はないことに気付いた振り返りを述べています。
  このようにB児は、社会的な問題に出会い、討論、意思決定をする活動を通して、学習内容を関連付け、理解を深めていることがうかがえます。また、判断が分かれた社会的な問題について、多面的な見方ができるようになり、葛藤しながら自分の考えを深めることができたと考えます。

資料3 B児の前時の振り返りの記述

資料4 B児の本時の振り返りの記述

資料5 B児の討論後の記述

資料6 B児の単元の振り返りの記述
   
【単元を通して考え方を学び、自分の考えを深めていったE児】
  E児は前時において、資料7のように、よい点の調べ方に関する振り返りを述べています。振り返りのポイントが「分かったこと」だったこともあり、内容に触れることができていませんでした。このことから、よい点を探すことに追われて、自分の考えをもつまでに至らなかったことがうかがえます。
  本時の振り返りでは、資料8のように、国民の生活が優先だと考えています。その根拠として、国民が病気のない生活ができなければ政府や国の収入が安定しないことを述べています。また、殖産興業や徴兵令により、命を落とした人がいたことや苦しんだ人がいた一方で、生活が便利になったことや兵力が上がったことを述べています。このことから、E児は明治政府の政策と国民の生活を比較したことにより、歴史的事象の内容に目を向けることができたと考えます。さらに、1回目の意思決定を迫ったことにより自分なりの理由付けを行い考えをもつことができたと考えます。
  討論後の振り返りでは、資料9のように、国の発展を優先すべきだと考えを変えています。B児の「国の発展がないと戦争に勝てる可能性が低くなる」という主張を受け、「江戸時代のままだ」や「殖産興業や学制、徴兵令、地租改正がなくなると」といった、明治政府の諸政策がなかったとしたらという根拠を述べています。これにより、判断が揺さぶられているのがうかがえます。
  単元の振り返りでは、資料10のように、自分で考えることが多かったこと、どういう時代だったかよく知ることができたこと、当時の政府の大変さに思いをはせた感想を記述することができています。
  これらのことから、E児は、単元を通して意思決定の根拠が揺さぶられ、諸政策の目的や内容に立ち戻りながら、理解を深めるとともに、自分の考えを深めていったと考えます。

資料7 E児の前時の振り返りの記述

資料8 E児の本時の振り返りの記述

資料9 E児の討論後の記述

資料10 E児の単元の振り返りの記述
   
 以上のことから、意思決定を取り入れた討論型の学習は、多面的に考え、児童生徒の考えを深めることに有効であったと考えます。
 ウ 「説明したり、論述したりする力を育成することになっているか」についての考察
 説明したり、論述したりする力が育成できているかについては、イの「社会的な問題に対して自分の考えを深めることになったか」を受けて根拠の述べ方に着目し、実践事例5小6「新しい国づくりは、どう進められたの」を取り上げて考察します。どのようなデータをどのように理由付けて表現できたかを視点に抽出児A児のワークシートの記述を例として取り上げ、以下の前時から討論後までの表現内容を考察します。
  A児は前時において、資料11のように、明治政府の政策についてのよい点について調べ、まとめた際に、現在の自分たちの生活に結び付いていることに気付き、驚いたことを記述しています。明治時代と現代との結び付きに気付いています。しかし、分かったことが具体的に記述できておらず、考えたことが表現できていませんでした。このことから、前時の段階では、学習内容である歴史的事象に対して現代の自分から客観的に感想を述べていると考えます。
  社会的な問題を明解にする手立てを取り入れた本時の後には、資料12のように、「国民の生活を優先した方がよい」という結論を挙げています。理由の中で、国(の政治)とは政府だけではやっていけないと思うからという理由付けを行っています。このことから、本時を経て、政府と国民との対立が明確に理解できており、政府と国民の両面から考えていることがうかがえます。しかし、根拠となる理由付けが抽象的なことから、言いたいことはあるが、具体的に表現できる言葉が見付からなかったことが推測されます。
  さらに、討論後の記述では、資料13のように、国の発展を優先すべきと主張を変え、国が発展してきたから現在の生活が便利になり、生活が安定していることを根拠にしています。また、単元全体を振り返り、「今の日本がどう変わるかを決める時代のようだった」と述べています。これは、明治時代の歴史的事象を関連させ、明治時代の印象を総合的に述べることができていると考えます。
  これらのことから、A児は、意思決定を取り入れた討論型の授業の中で、国民と政府、現在と明治時代など、多面的、総合的に考え、自分の考えを表現していることがうかがえます。また、抽象的であった表現も、便利さや生活の安定といった具体的な根拠を示しながら表現できてきたことが分かります。つまり、説明したり、論述したりする力が育ってきていると考えます。

資料11 A児の前時の記述

資料12 A児本時の記述

資料13 A児の討論後の記述と
単元の振り返りの記述

 以上のア、イ、ウから、「意思決定を取り入れた討論型の学習」において、社会的な問題を明解にする手立てを取り入れることにより、児童生徒が切実感をもって討論に参加するようになり、社会的な問題に対しての自分の考えを深め、説明したり、論述したりする力を育成することに有効であると考えます。このことから、「意思決定を取り入れた討論型の学習」の単元構想及び指導法が社会科における思考力・判断力・表現力を育成する授業として有効であると考えます。

 
   


Copyright(C) 2014 SAGA Prefectural Education Center. All Rights Reserved.