他者に対する広い心を育てる道徳の時間を提案します。

 2 研究の実際
 

(4) 考察 

 
     複数時間扱いの学習指導を通して、他者に対する広い心を育てることについての生徒の変容を、ワークシートなど
  から考察しました。 考察は1年生(32名)を対象にしています。

  @ 複数時間扱いの学習指導についての考察
   ア 学級全員のワークシートの考察
  

 3時間の道徳の授業において、終末では、生徒一人一人のねらいとする道徳的価値に対する課題について書かせ
  ました。生徒が、各授業のねらいとする道徳的価値の自覚が深まったかどうかをワークシートから考察し、グラフに表
  すと次のようになりました(図2)。

 

          図2   ねらいとする道徳的価値の自覚が深まった生徒の割合

 

第1次においては、「これからの生活に生かしたいこと」について書かせました。62.5%の生徒がねらいとする道徳的価値の自覚が深まったと考えられる記述をしていました。
 ・ 自分の考えと相手の考えが全く同じだということはないということを頭に入れて行動していきたいです

 また、相手の意見に賛成、反対するだけでなく、それを受け入れたいです
 ・ 相手の意見をちゃんと聞き、自分の意見と比べて違うところを見つけていきたい
 ・ クラスでたくさんの考えがあって、自分とは違う意見がたくさんあるから、他の人の意見をよくきいた方がいいなと
  思う
など、それぞれの違いを認めようとする記述がありました。
  37.5%の生徒がねらいとする道徳的価値の自覚が深まっていないと考えられる記述をしていました。
 ・ 相手のことを考えて、自分の考えを言う
 ・ 相手の気持ちを考えて仲良くする
など、ものの見方や考え方の違いには触れず、「その違いを認めよう」「その違いを受け入れよう」という記述になっていないものでした。

   第2次においては、「私と絵美ちゃんのやりとりを学習して、考えたこと」について書かせました。約44%の生徒がねらいとする道徳的価値の自覚が深まったと考えられる記述をしていました。
  ・ 私はいつも待ち合わせの時に待たせている方だった。だから、友達に迷惑をかけていたけど、今日の学習で待って
     いる人の気持ちが少し分かった気がした
  ・ 自分も待たせた事もあり、相手がどんな気持ちで待っているか分かった
など、これまでの自分自身のことを振り返り、自分本位で行動していた経験を想起した記述がありました。
   約56%の生徒がねらいとする道徳的価値の自覚が深まっていないと考えられる記述をしていました。
  ・ 友達と待ち合わせの約束をするときは、時間通りにちゃんと来ることが大切
  ・ いつも時間に遅れていくのではなく、時間より早く着くようにしようと思った
など、自分自身のことを振り返らずに、待ち合わせの時間に遅れないことのみの記述でした。

   第3次においては、「これから、どんな場面で相手の考えを尊重できるのか」について書かせました。約78%の生徒がねらいとする道徳的価値の自覚が深まったと考えられる記述をしていました。
  ・ 友達と話しているときや相手と意見が違ったとき
  ・ けんかのときや意見が違ったとき
  ・ 相手と対立してしまったとき
  ・ 話し合って何かを決めるとき
など、これからどんな場面で本時に学習したことを生かせるか具体的な記述がありました。
   約22%の生徒がねらいとする道徳的価値の自覚が深まっていないと考えられる記述をしていました。
  ・ 松井秀喜さんのように、相手を理解し、敬意を払って批判はその上でやり、何より相手を認めるとき
  ・ 相手の立場を考えるとき
など、具体的な場面の想起ができずに、資料の主人公のよさや資料の一部を引用する記述のみでした。

    第1次と第3次のねらいとする道徳的価値の自覚が深まったと考えられる生徒の割合を比較すると、ねらいとする道徳
的価値の自覚が深まったと考えられる生徒が増えています。 このことから、複数時間扱いの学習指導は、他者に対する
広い心を育てることにつながったと考えられます。第1次と第2次のねらいとする道徳的価値の自覚が深まったと考えられ
る生徒の割合を比較すると、ねらいとする道徳的価値の自覚が深まったと考えられる生徒の割合が少なくなっています。
第2次は、生徒にとって身近な内容である待ち合わせを題材とした資料を扱いました。しかし、待ち合わせの時間に遅れ
ないようにすればよいといった生徒の意見を多く扱ったため、規則を守るという視点で捉えてしまい、広い心のねらいから
ずれたのではないかと思われます。

 
  イ 抽出生徒のワークシートの考察 
  他者に対する広い心を育てるためには、クラスの生徒との関わりが大切であると考えました。そこで、生徒のアンケート調査による「クラスの人との関わりで、あなたが心掛けていることがあれば書いてください」の質問に対する回答を「意識していない、特にない、無回答」・・・〔1〕、「相手に対する意識が低い記述」・・・〔2〕、「相手に対する意識が高い記述」・・・〔3〕の3つに分けました。3つのグループの中から、1人ずつ抽出し、ワークシートの記述を考察しました。
                           表1 <抽出生徒について>
生徒A
クラスの人との関わりについて、「意識していない」と回答・・・〔1〕
生徒B
クラスの人との関わりについて、「自分と意見が異なる人の意見が自分にとって納得しなくても、
いらいらしても聞いてあげること」と回答・・・〔2〕
生徒C
クラスの人との関わりについて、「話す時は相手のことをしっかり考えて話す」と回答・・・〔3〕
 
【書かせた問いの内容】
第1次 見方や考え方の違いについて、考えたことや気付いたことを書きましょう。
第2次 私と絵美ちゃんのやりとりを学習して、考えたことはどんなことですか。
第3次 これからどんな場面で、相手の考えを尊重できると思いますか。
 
生徒Aのワークシートの考察
第1次
第2次
第3次




 グループの中でも、島で生き抜くための物を選んでいる人や島から脱出するための物を選んでいる人がいたので、びっくりしました。

 私は、いつも人を待たせていることが多いので、私を待ってくれている人の気持ちがわかりました。なので、次からは待つ人の気持ちを考えて行動したいです。  相手と意見が対立したときや何か1つのことを決めるときに、相手の考えを尊重できると思う。
 【考察】
  生徒Aは、第1次では、いろいろなものの見方や考え方に違いがあることには気付いていますが、それぞれの違いを認めようとするところまでは至っていないと考えます。
 第2次では、これまでの自分のこととして振り返っている記述があり、友達のことを認めようとしていると考えます。
 第3次では、自分と違う考えに触れる具体的な生活場面が記述されており、これからの生活に生かそうとしていると考えます。
<3時間の道徳の時間を通して、考え方や行動に変化があったら、
どのように変わったのかについての記述>

  資料1 生徒Aのワークシート

【考察】 
  「この授業を受けて」という記述より、3回の授業が生徒にとって、1つのものとして捉えられていると考えます。
  「人それぞれ意見が違うことが分かりました」という記述より、自分と他の生徒の考えが違うことだけでなく、他の生徒同士も考えが違うことまで理解しているとうかがえます。このことから、3時間の学習を行ったことで考えが深まったと考えます。また、「これまで自分と意見が違ってイライラすることがとてもあったけれど」という記述より、課題を把握するために、自分自身を振り返っているとうかがえ、第2次の学習指導の効果が表れていると考えます。

 
生徒Bのワークシートの考察
第1次
第2次
第3次




 皆のいろいろな意見を聞けて、私だったら、僕だったらと納得し合いながら話ができて、いろんな意見はとても参考になりそうです

絵美ちゃんのように自分は 結構待っていても「三分!」のように短い時間を言える優しい人になりたいし、自分が待たせている側に立ったときには、今まで待っていた人の気持ちもともに考えながら友達付き合いをうまくしていこうと思いました

 私も松井選手のように、他人に対しての思いやりの心が強く友達を助けられる人にこれからなりたいです。私が相手の考えを尊重できる場とは授業の発表もそうですが、常に友達と会話をしたりするときに、相手に気付いて尊重できるんじゃないかと思いました
【考察】
 生徒Bは、第1次では、 一人一人の考えが違うことを感じ、他の生徒の考えを受け入れようとする記述をしており、それぞれの違いを認めようとしていると考えます。
 第2次では、自分のこととして捉える記述や相手の気持ちを考える記述があり、友達のことを認めようとしていると考えます。
 第3次では、松井秀喜の感想だけでなく、自分とは違う考えに触れる具体的な生活場面の記述があり、これからの生活に生かそうとしていると考えます。
<3時間の道徳の時間を通して、考え方や行動に変化があったら、
どのように変わったのかについての記述>

  資料2 生徒Bのワークシート

【考察】 
  「一番心に残っているのは、人に対してどのような気持ちの表し方を気を付ければいいかです」という記述があるように、相手の立場に立った視点でどのように行動すればよいかということまで、考えを深めているとうかがえ、第3次の学習指導の効果が表れていると考えます。また、「対立したとき、意見が自分と異なったとき、いらついていた心も道徳を受けてよく考えて行動に移せるようになりました」との記述があり、3時間の道徳の時間が道徳的実践力につながったと考えます

 
生徒Cのワークシートの考察
第1次
第2次
第3次




 人それぞれ島にいる人と脱出する人の考えで品物を選んでいて、いろいろな考えがあってとても面白かったです。
 待ち合わせの時はしっかり決まった時間に来ることが大事で、遅れたりした時は待った方の気持ちが晴れるように謝る。相手の立場になって行くこと。  松井さんが人との関わりで大切にしていることを実行はあまりできていないけど、少しずつでも相手の考えを尊重できるようにしたいです。自分が相手と対立した時にやってみる!  
【考察】
 生徒Cは、第1次では、 人それぞれの考えが違うことを知り、そのことを面白いと肯定的に感じている記述をしており、それぞれの違いを認めようとしていると考えます。
 第2次では、自分のことを振り返った記述ではなく、待ち合わせに関する記述であり、相手の考えを認めようとするところまでは至ってないと考えます。
 第3次では、松井秀喜と自分とを比べ、今後の目標に関する記述だけでなく、自分とは違う考えに触れる具体的な生活場面の記述があり、これからの生活に生かそうとしていると考えます。
<3時間の道徳の時間を通して、考え方や行動に変化があったら、
どのように変わったのかについての記述>

  資料3 生徒Cのワークシート

【考察】 
  「以前に比べ」という記述があるように、過去の自分と現在の自分を比べることで、自分自身を振り返っているとうかがえ、第2次の学習指導の効果が表れていると考えます。また、「道徳の時間で自分が1時間するほどに変わっていけたと思います」という記述のように、第1次は、「いろいろな考えがあってとても面白かった」という記述でしたが、授業後の振り返りでは、「相手の気持ちを理解して、一人一人が違う考えを認めていきたい」という記述のように、第2次と第3次の学習を行ったことで、考えが深まったと考えます。
 
 A グループでの話合い及び書く活動についての考察(抽出生徒のワークシートから)
 3時間の道徳の時間において、中心発問ではグループでの話合いと書く活動を、終末では書く活動を取り入れました。生徒は中心発問で、自分の考えをワークシートに書きます。そして、司会係になった生徒がグループの生徒を指名し、指名された生徒は自分の考えをワークシートを基に発表します。考えを聞いた他の生徒は、その聞いた考えをワークシートに書き、疑問に思ったことは質問するように指示をしました。また、グループでの話合いでは、グループで考えを1つにまとめずに、意見を出し合うように指示をしました。
  これらの手立てについて、各時間のワークシートの記述から考察しました。
 
第1次


          資料4 生徒Cのワークシート

【考察】
  終末の感想では、「相手のことをしっかり知っていきたい」という記述があるように、相手の話や意見を聞くだけでなく、相手のことを知るところまで、考えを深めたと考えます。これは、グループでの話合いを通して、「相手の事を知る」という考えに触れたことで、考えを深めたからだと考えます。
  また、グループ内の生徒の考えを書くことで、自分の考えとグループ内の生徒との考えの違いが明確になり、考えを深めることにつながったと考えます。
 
第2次


          資料5 生徒Aのワークシート

【考察】
  終末の感想においては、「私は、いつも人を待たせていることが多いので、私を待っている人の気持ちが分かりました」という記述があるように、自分のこととして捉えることができていると考えます。これは、グループでの話合いを通して、他の生徒の考え「待ちたくないから、イライラしたくないから」に触れることで、待っている友達の気持ちを感じ、自分のこととして捉えることにつながったとからだと考えます。
  また、他の生徒の考えを書くことで、他の生徒の考えとの違いが明確になり、自分のこととして捉えやすくなったと考えます。
 
第3次


          資料6 生徒Bのワークシート

【考察】
  終末の感想においては、「常に友達と会話をしたりするとき」という記述があるように、現在の自分の課題が書かれていると考えます。これは、グループでの話合いを通して、他の生徒の考え「人の意見を大切にする」に触れることで、現在の自分の課題を見付けることにつながったからだと考えます。
  また、他の生徒の考えを書くことで、他の生徒の考え方との違いが明確になり、自分の課題を見付けることにつながったと考えます。
 
  他の生徒の考えを書かせたことで、自分と他の生徒の考え方との違いが明確になり、生徒の道徳的価値の自覚を深めることにつながったと考えます。また、グループで考えを1つにまとめさせずに、考えを出し合わせたことで、いろいろな考え方に触れる機会になったと考えます。
 
 
 B アンケート調査からの考察
 7月中旬に生徒の実態を知るために、クラスの人との関わりについて、アンケート調査を行いました。また、3時間の道徳の時間を行ったことで、生徒にどのような変容があったのかを見るために、10月上旬に同様のアンケート調査を行いました。7月と10月のアンケート調査の集計結果や記述から考察しました。


  図3 相手の気持ちを考えて話をしている

≪結果≫
  相手の気持ちを考えて話をしていることに「当てはまる」「どちらかといえば、当てはまる」と答えた生徒は、7月には約84%いました。10月には、「当てはまる」、「どちらかといえば、当てはまる」のそれぞれの生徒が増加し、約97%になっていました。
 


図4 自分とは違う考えでも、聞こうとする

≪結果≫
  自分と違う考えでも、聞こうとすることに「当てはまる」と答えた生徒は、7月には約53%いました。10月には、「当てはまる」と答えた生徒が増加し、約66%になっていました。
 
  
        図5 クラスの人との関わりで、あなたが心がけていることがあ

       れば書いて下さい

≪結果≫
  「クラスの人との関わりで、あなたが心がけていることがあれば書いて下さい」という質問に、7月には「特になし」と答えた生徒が約56%いました。10月には、全員が何らかの記述をしていました。7月に「友達のことを考えて、話をする」、「友達を大切にすること」等具体的な記述がなかった生徒が、10月には、「相手が傷つくようなことは言わないように心掛けている」、「クラスの人と考えが違っても、ちゃんと話し合う」等具体的な記述をしていました。
 
  アンケート調査の集計結果と記述より、相手の気持ちを考えて話をしていること、自分とは違う考えでも聞こうとすることについて、「当てはまる」「どちらかといえば当てはまる」と答えた生徒が増加しています(図3、図4)。このことから、生徒が自分とは違う考えや立場にいる相手に対して、相手のことを考えるようになったり、受け入れようとしたりすることにつながったと考えます。また、クラスの人との関わりで心掛けていることについて、授業実践前は「特になし」、「わからない」と答えた生徒が半数以上いましたが、授業実践後は、全員が記述していました(図5)。このことから、友達との関わりについて特に意識していなかった生徒が、意識をもって友達と接するようになったり、友達との関わりについて、以前より具体的に考えるようになったりすることにつながったと考えます。1時間の授業実践では、クラス全体の道徳的価値の自覚を深めることは困難でしたが、複数時間扱いの学習指導を行うことにより、クラス全体の道徳的価値の自覚の深まりにつながったと考えます。
 これらのことから、複数時間扱いの学習指導が他者に対する広い心を育むことに有効であると考えられます。

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