生活をよりよくしようとする生徒を育てる問題解決的な学習の進め方を提案します!

 2 研究の実際
(1)理論研究
 @ 家庭科分野における問題解決的な学習について
 ○ 学習指導要領における考え方
 学習指導要領には、各分野の内容を取り扱う際の配慮すべき事項として問題解決的な学習の充実が挙げられています。また、中学校学習指導要領解説には、問題解決的な学習の充実について以下のことが示されています。
 技術・家庭科では、実践的・体験的な学習活動を通して生活に必要な基礎的・基本的な知識及び技術を身に付けさせることによって、現在及び将来にわたる実際の生活の場で学習したことが生きて働く力となることをねらいとしている。
特に、将来にわたって変化し続ける社会に主体的に対応していくためには、生活を営む上で生じる課題に対して、自分なりの判断をして課題を解決することができる能力、すなわち問題解決能力をもつことが必要である。 (中略) これらの能力の育成には、生徒自らが課題を発見し、習得した知識及び技術を活用し意欲をもって追究し、解決のための方策を探るなどの学習を繰り返し行うことが大切である。                     
                        中学校学習指導要領解説 技術・家庭編(平成20年9月) p.77
 
  ○ 批判科学に基づく問題解決のステップ

中学校学習指導要領解説においては、問題解決的な学習の進め方について、計画、実践、評価、改善の一連の学習過程が挙げられています。これは、 これまで家庭科の問題解決として言われてきた、“Plan Do See”(あるいは、See Plan Do See)に当たるものです。荒井紀子氏によると、問題を設定し解決策を実行するという、解決行動に焦点を当てた学習は、実験や実習を通して問題の最適な解を求める学習には適しているが、問題を学習題材として取り上げ、生徒に考えさせようとする場合は、従来のPlan Do Seeの枠組みではアプローチしにくく、捉えきれない面が出てくるといっています。そこで、思い込みや偏見に囚われず、何が問題かを冷静に判断する「批判的思考」(Critical Thinking)で、それらを用いて解決策を考える力である「批判的リテラシー」(Critical Literacy)を育むことを提唱しています。
   次の図は、荒井氏による問題解決のステップです。これは、ジョン・デューイの反省的思考(Reflective Thinking)の学習理論を土台としながら、批判科学(Critical Science)に基づいて、生徒の学習活動を想定しながら図解されたものです。

  図 批判科学に基づく問題解決のステップ


                                         『パワーアップ!家庭科 学び、つながり、発信する』 荒井紀子編著 p.18

 ここでは、まず日常の生活の中の「1 問題に気づく」ことを問題解決の入り口として意識化させます。次に、その気付いた問題に関わる「2 現状を把握し分析する」を通して、何が問題かを特定することが問題解決の糸口となります。「3 問題を特定する」から「4 解決方法を考え選択肢を出す」「5 選択肢を多角的に検討する」までの3つのステップの意思決定のプロセス(実践的推論プロセス“Practical Reasoning Process”)がとても重要であるとしています。実証科学のプロセスでは“Plan”として一つにくくられている部分について、ステップを確実に踏みながら「なぜそうするのか」「どの選択肢が最適か」を多角的に検討することによって、生徒の思考が鍛えられ、批判的リテラシー(特にステップの2〜5と7が関わる)を育むことにつながっていくことになると述べられています。
 
 ○ 批判的リテラシーを育む「問い」の役割と3つの「行為」

実際の授業の場面において、生徒に批判的な思考や判断を促すために重要なことは、教師から生徒への、生徒同士の、あるいは生徒自身の「問い」掛けだとされています。「問い」をきっかけに、生徒は多角的に思考を深めて、問題の背景と文脈をつかみ、何をなすべきかの選択を決断します。そうしたプロセスの積み上げの中で批判的リテラシーを獲得していくことになります。
   その「問い」掛けにより、意思決定が行われ、それに基づいてとられる「行為(Action)」と密接な関係にあり、ミネソタ大学のマジョリー・ブラウンによれば、家族の生活行為は、「技術的行為(Technical Action)」、「コミュニケーション的行為(Communicative Action)」、「解放的行為(Emancipative Action)」に類別でき、生活実践は、これら3種の生活行為が複雑に絡み合って織り成される生活行為システムとして把握されているといいます。

技術的行為
専門的情報や知識、技術を活用して、状況を判断、調整し、事態に適応するための行為
コミュニケーション的行為
個人の信念や価値を相互理解したり社会的価値と個人の価値の共通理解を図ったりする行為
解放的行為
行為の持つ意味を自律や自由、正義といった価値を通して考えたり、他者や社会への影響も含めて総合的に判断したりして実践する行為

この3つの行為は、どれもが生活の問題を解決するのに重要で、これらを組み合わせて現実の問題を解決しています。その「問い」に関して、オハイオ州立大学職業指導研究所(Center of Education and Training for Employment)の教師用手引書に掲載された3つの行為に対応した「問い」の例を、抜粋してまとめたものが次の表です。特に、解放的行為の判断に関わる「問い」掛けは、学習の中で重要な役割を果たすことになります。

 表  実践的な3つの行為のための問い

技術的な問い
コミュニケーション的な問い
解放的な問い
・いつ、どこで、誰が何をするか
・その原因は何か
・判断に必要な情報は全て得ているか
・決定に関係する要因は何か
・どのような手順で行うか
・あなたにとって重要なことは何か
・他の人はどのように考えているか
・どのような価値や意思が他の人の行動に影響を与えているか
・決定にはどのような価値基準を用いるべきか
・話し合いによってどのような新しい価値や見識がうまれたか
・あなたが思い込んでいたり当然だと思っていることは何か
・あなたの選択は、長期的、短期的にあなたや家族、地域にどのような影響を与えるだろうか
・あなたの決定を支えている価値は何か
・あなたの得ている情報は適切か、信憑性はあるか、判断は論理的か、広い視野から考えているか
・全ての人に配慮して一番よくなることをあなたは考えているか
          『新しい問題解決学習 Plan Do Seeから批判的リテラシーの学びへ』 荒井紀子他編著 p.43
 
 ○ 授業づくりの方略

批判科学に基づく問題解決のステップで授業を行う上で、荒井氏は 次の4つの方略(ストラテジー)を提案しています。

ア   典型としての学習のなかで、基礎と応用・活用をつなげる
  授業時間の制約の中で、基礎の習得と活用力を共に付けさせるには、両者を切り離さず、基礎と応用・活用とをつなぐ典型としての学習を生徒に体験させることが重要になってきます。典型とは、一つを学ぶと関連のある学びにつながる、汎用性のある題材や方法を意味しています。 これらの学習で重要なのは、生徒自身がやってみたい、取り組みたいと思うテーマのもと、それを深めるための知識・技術を生徒自身がおのずと吸収し習得する仕組みを、学習構造に組み入れることです。
イ  領域を越えて、子どもの学びの文脈をつくる
   学習指導要領や教科書の内容を初めから順番に教えようとすると、知識や技術がバラバラで、学ぶ必然性が捉えにくく、生徒の主体的な学びを引き出すことが難しくなります。そのため、教師は、生徒の暮らしの現実と家庭科の学習内容とをリンクさせながら、生徒にとって切実かつ自然な学びのストーリーを1年間あるいは2年間のスパンでイメージし、学習の関連と学ぶ順番を大きくデザインすることが必要です。
ウ  子ども自身の切実な生活課題に向き合わせ、協働の学びをつくる
   子どもの学びが深まるかどうかは、それが子ども自身にとって学びたい、学ぶ価値があると感じられるかどうかが大きく関わってきます。生徒自身の日常に目を向かせ、最も気になっていること、問題を感じていることに気付かせ、そこから出発することが大事です。また家庭科は、人との出会いを組織しやすい教科なので、生徒に時空の広がりを実感させ、できるだけ現実の世界とつなぐ学びを組み入れると共に、外の世界だけでなくクラスの仲間とも、家庭科の学びを通して、改めて出会わせたいものです。様々な学習題材で、じっくり話を聞き合い、コミュニケートする活動を学習に組み込むことが大事です。そこで考えたことを書かせ、それを基に交流し、振り返らせる。また、一人で考える場面と仲間との間で考えを出し合う場面の両方を設定し、そこで発見したことが次のステップで生かせるような学習の流れを設定することも必要です。
エ  子どもの探究を促す問題解決型の学習サイクルを積み上げる
   探究型の学びで大事なのは結果(提出物)ではなく、むしろ「学ぶプロセス」で、生徒がその学習の中で、何に気付き、どれだけ深く多角的に考えることができたか、また探究する楽しさや手応えをつかむことができたかが重要です。このことが、生徒の思考力や批判的リテラシーを鍛えることにつながります。図の批判科学に基づく問題解決のステップの意思決定プロセスの3〜5においては、解くべき問題(何が問題か)を明らかにして、その解決のためのあらゆる選択肢を考えた後、どの方法がよいかを一人であるいは協働で、あらゆる角度から検討していきます。よって、特に、生徒の思考力や批判的リテラシーが要求される場面といえます。
問題解決のステップを丁寧に踏んで1サイクルを丸ごと体験する中で、生徒は問題解決や探究的な取組がどのようなものかを理解していきます。こうした学習の機会を多く取りたいのですが、少ない授業時間の中で現実的に困難な場合は、テーマを絞って、図の批判科学に基づく問題解決のステップの意思決定プロセスの3〜5の要素を取り出して、1〜2時間の学習を設定しても構いません。学習題材や授業時間に応じて、探究的な学習を臨機応変に組み込んでいくことが必要です。
 
 ここで述べてきた家庭科分野における問題解決的な学習の理論研究を基に、家庭科分野の授業においては、批判科学に基づく問題解決のステップを住生活の学習に取り入れていくこととしました。生徒自身の住まいにおける問題に気付かせ、解決していく過程を住生活の学習全体を通して行っていきます。その際、「解放的な問い」を組み入れ、生徒の多角的な思考を促すようにしました。

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