思考・判断力をはぐくむ小・中学校社会科学習の在り方
―討論型学習で判断理由を明確にさせる意思決定場面の工夫を通して―

    
社会と社会科を取り巻く現状
 今日,子どもたちを取り巻く社会は,情報化や国際化など,急激に変化している。それに伴い社会科で習得すべき知識も常に変化している。また,環境問題やエネルギー問題等,個人レベルでは解決不可能な問題も山積している。このように変化が激しく,解決すべき問題が多いこの社会を主体的に生きていくためには,新しい知識の習得に加え,その知識を使ってよりよい社会を考えていけるような社会科学習が必要となってきている。

子どもたちの実態と伸ばしたい力
 平成18年度佐賀県小・中学校学習状況調査によると,社会科は小・中学生ともおおむね全国平均と同程度の通過率であった。しかし,観点別評価において,「思考・判断」の通過率は,他の観点と比べて低い結果であった。思考・判断力は社会科の究極的目標である「公民的資質」を育成する中核の力であり,これからの社会を構成する子どもたちには必要不可欠な力である.。そのため思考・判断力を伸ばすことは重要な課題と考える。

思考・判断力とは
 本研究では,思考・判断力を次のようにとらえている。思考力とは,情報を「関係付ける力」であり,必要な情報を吟味し,それらを関連付ける中で自分の考えを構築し,それを他者に伝えることができる力である。判断力とは,「自主的・自立的かつ理性的に考え決断していく力」である。その決断には,必要な情報を基にした自分なりの確かな根拠をもっていることが必要であると考える。確かな根拠をもつには,情報を吟味し,関連付け,自分の考えを構築するという過程を必要とするので,思考することが必要となる。つまり,思考力の中に,判断力が存在することになる。

討論型学習のよさと問題点
 近年,社会科学習に討論やディベート的な要素を取り入れた話し合い活動が実践されるようになってきた。この学習活動のよさとして次の3つが挙げられる。1つ目は,友達と意見を交流することにより,新たなものの見方や考え方に触れることができるということ,2つ目は,反対の立場で考えたり,自分の主張を見直したりと,考えを深めていくことができるということ,3つ目は,根拠に基づいて自分の考えを決定していく場面があるということである。しかし,話し合いを終え,最終的な意思決定場面の判断理由を見ると,必ずしも話し合い活動の成果がうまく生かされていないという実態がある。その原因として,習得した複数の情報の重要性を十分に吟味していないこと,また,情報をうまく整理できずにいること,そのため情報をうまく関連付けることができずに自分の考えを構築できないでいることなどが考えられる。
 

研究の方向性
 本研究では,討論型学習における意思決定場面にポイントを置いて研究を進める。意思決定場面は,問題をつかんだ時点,話し合いの前,話し合いの後等,様々な場面で考えられる。それらの意思決定場面において,情報の見方・考え方を深めさせたり,情報を視覚化して吟味し,整理させたりする。そして,それらを結び付けて文章化させる活動を組み込んでいけば,情報をうまく結び付けながら自分の考えを構築し,判断理由を明確にして自分の考えを伝えることができるのではないかと考える。

小・中学校での授業実践
 思考・判断力は,学習を重ねることにより,スパイラル的に高まっていくものと考えられる。そこで,小・中学校において,それぞれの発達段階に応じて適切な指導をしていく必要がある。中学校では,小学校ではぐくんだ思考・判断力を更に確かなものとするために,社会的な価値を多面的・多角的に考えさせるようにする。

研究の目標・内容・方法
1 研究の目標
  県の教育課題である思考・判断力の育成に向けて,小・中学校の社会科学習における討論型学習の意思決定場面の工夫を行い,判断理由を明確にして自分の考えを伝える力を育てる。
2 研究の内容
(1) 思考・判断力を高める指導の在り方に関しての理論研究
(2) 意思決定場面で判断理由を明らかにさせるための手立てを取り入れた授業の工夫
(3) 意思決定場面で判断理由を明らかにさせる検証授業の実施,及び,思考・判断力育成に関する研究のまとめ
3 研究の方法
(1) 文献調査による思考・判断力を高める指導の在り方についての理論研究を行う。
(2) 意思決定場面で判断理由を明らかにさせるために,情報の見方・考え方を深めたり,視覚化して整理したりする方法を研究する。また,それを取り入れた単元を構想する。
(3) 意思決定場面で判断理由を明らかにさせる指導を工夫し,小学校では第6学年,中学校では第1学年を対象に検証授業を行い,思考・判断力育成に対する有効性を分析する。
研究のポイント
@
主張を整理したり吟味したりするために,情報を視覚化・図式化



  最初の立論は,データ・理由付け・結論に分け図式化したものを使う。
  板書において,反論・再反論は,カードに書き,掲示する。
  その際,反論,再反論として成立しているか吟味したり,反論・再反論の意図を確認しながら,類別したりする。
A
公正に判断させるための,情報の見方・考え方についての指導の工夫


  1つの主張に対し,メリットやデメリットの発生具合やその重要性/深刻性と分けて判断させる。
  メリットやデメリットの発生具合がどの程度起こりうるものなのか反論等と関連させて判断させる。
  メリットやデメリットの重要性や深刻性がどの程度のものなのか反論等と関連させて判断させる。
B 説得力のある判断理由にするための,文章の書き方の指導の工夫


  判断理由として重要と判断するものを文章化させる。
  反論や再反論等を結び付けたり,討論の中で出てきた具体的な例を付け加えたりして文章化させる。

《参考文献》
 ・辰野 千壽              『考える力の伸ばし方・改訂版』 1991年 図書文化社
 ・森分 孝治,片上 宗二 編著  『社会科重要語300の基礎知識』 2000年 明治図書