◎ 「確かな読みの力」の分析
1 「確かな読みの力」を支える日本語の知識・技能
(1) 日本語に関する基礎的知識
 「音韻」「文字」「語彙」「文法」等に関する知識のこと。学校教育を受ける以前から、家庭や社会とのかかわりの中で習得してきた知識でもある。学校教育においても国語科を中心として扱ってきた内容であるが、中学校や高校においては、「どこまでの知識を習得しておくべきなのか」という線引きが難しい。「生活するために必要な知識」のレベルでよいのか、それとも「文学を通して豊かな人生を送るために必要な知識」のレベルまで要求するのか。また、社会の高度化、情報化、国際化が進む現代社会では、そのような現代社会に対応できる言語力の基礎となるような知識の習得が期待されている面もある。

(2) 日本語に関する基礎的運用能力
 「読む」「書く」「聞く」「話す」という行為を行うことができる能力のこと。「日本語に関する基礎的知識」同様、学校教育を受ける以前から、家庭や社会とのかかわりの中で習得してきた能力でもある。もちろん「日本語に関する基礎的知識」がないとこれらの行為を行うことは不可能である。また、「読む」「書く」「聞く」「話す」能力は、その能力が発揮される場(例えば、家庭・学校・地域・仕事など)によっても要求されるものが異なってくる。「場の意識(自分は今どのような状況にあるのか)」に対する視点が欠かせない能力でもある。
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2 「確かな読みの力」の基礎的側面
(1) 文脈における語句の意味・働きを理解する力
 「言葉」は本来単独で用いられるものではなく、固定的な意味をもつものではない。辞書を引いて、一つの「言葉」にいくつもの意味があるのは普通に見られることである。また、同じ意味の「言葉」でも、文脈によって微妙に異なる意味で用いられたり、異なった働きで使われたりする場合もある。このような文脈を意識して語句の意味を理解する能力は、文章の情報を正確に読み取るためには欠かせない能力である。

(2) 文構造における関係性を理解する力
 「主語―述語の関係性」「修飾語―被修飾語の関係性」などを理解する力のこと。「書く」という行為において、よく「主語と述語のねじれ」という現象が起こるように、日本語において、意識が希薄になりがちなのが「主語―述語の関係性」である。しかし、自分の考えを構築するためには、正しい「主語―述語の関係性」を意識しなければならない。文構造における主述の関係性の理解が、論理的な思考の基礎となるのである。

(3) 文章における関係性を理解する力
 「指示語」「接続語」「具体例」「段落間の関係」などを理解する力のこと。「文構造における関係性を理解する力」を基にした力である。文章は、筆者の主張を支える論理によって展開していく。その論理展開を理解するには、「指示語」や「接続語」の正確な理解が必要になってくる。また、「具体例の働き」や「形式段落や意味段落の関係性」の理解は、筆者の主張をより深く理解する上で欠かせないものである。「文章における関係性を理解する力」は、文章の情報を正確に読み取るためには必須の能力なのである。また、「文章における関係性を理解する力」は論理的思考力を支える力でもあり、自分の考えを構築する際にも必要な力と言える。
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3 「確かな読みの力」の運用的側面
(1) 文章の内容を、随時要約しながら読み取る能力
 実際に文章を読む際に必要とされる能力である。「確かな読みの力」の基礎的能力が統合されることによって実現される能力である。基本は形式段落毎に内容を「要約」する能力である。それが、意味段落毎の「要約」、文章全体の「要約」へと広がっていく。文章全体の内容を読み取る際に役立つだけでなく、必要な情報だけを取捨選択する際にも有効な能力であり、目的をもって文章を読むという作業を助ける能力であると言える。

(2) 文章の内容を、展開を予測しながら読み取る能力
 実際に文章を読む際に必要とされる能力である。「確かな読みの力」の基礎的能力が統合されることによって実現される能力であるが、特に「接続語」や「指示語」の働きの理解が重要になってくる能力である。「文章の内容を、先を予測しながら読み取る能力」が身に付けば、文章の中での筆者の論理展開を把握しやすくなるだけでなく、「論理展開の正当性」を評価することもできるようになる。この能力を意識的に育てていくことは、自分の考えを構築するための能力の育成にも役立つと考えられる。
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4 「確かな読みの力」の実践的側面
(1) 論理的思考力
 文部科学省の言語力育成協力者会議(第7回)配付資料の中にも、「思考や論理は、正確であることが基礎となる」という表現があるように、「論理的思考力」においてまず大切なのは「正確さ」である。「事実と意見の区別」「原因と結果の区別」などがきちんとできなければ、正確な論理的な思考は不可能である。また、「論理的思考力」は「比較・対照」を正確に行うためにも必要な能力である。「比較・対照」には基準が必要であり、そのような基準を支えるのが「論理的思考力」である。「根拠を基にした判断」においても「論理的思考力」は必要である。当然、「論理的思考力」の「正確さ」は、自分の考えを構築する際にも要求されるものである。

(2) 分析力
 PISA調査で要請されている能力の一つに「分析力」がある。文章や資料を分析する能力は、今日の社会において広く求められている。具体的には「展開・構成の分析」「資料・事例の分析」などが考えられるが、その際必要になってくるのが、多角的な視点多様な知識である。「分析」とは基本的に「分けて考える」ことであり、そのことによって最終的に「理解」「判断」「評価」へとつなげていくものである。その際、「どのように分けるのか」「どのような視点で見ていくのか」「どのような方法で行うのか」というポイントを左右するのが多角的な視点多様な知識なのである。「分析力」は、目的をもって文章を読むという行為に直接かかわるものであり、より正確に文章の情報を読み取る行為そのものであると言える。

(3) 解釈力
 「解釈力」とは、「理解」した内容を自己の考えに照らし合わせながら、再構成していくものである。前提となる「正確な理解」を基に、受け手の側に立って理解し直し、説明する行為である。したがって、「解釈」においては「自分の考え」というものが重要になってくる。「私はこう解釈した」という表現がよく使われるのは、「解釈力」のこのような側面をよく表している。しかし、その「自分の考え」が知識や論理性が不足しているがために、偏ったものになってしまっては意味がない。また、知識や論理的思考力がなければ、「レトリックの解釈」や「前提や仮説を踏まえた解釈」などを行うことはできない。「解釈力」は読み取った情報から自分の考えを構築する力と直結していると考えられ、それだけ高度な実践能力と言うことができるだろう。

(4) 批判・評価力
 「批判・評価力」の対照は多岐にわたる。「概念」そのものを批判・評価する場合もあれば、「論証の確かさ」を批判・評価する場合もある。また、「説得力」を評価する場合もあり、単に文章読解だけの問題として扱うことができないのが「批判・評価力」である。そのため、社会の高度化、情報化、国際化が進展している現代社会において、最も必要とされている能力であると言える。実際、「批判・評価力」を支えているのは、これまで述べてきた「論理的思考力」「分析力」「解釈力」と言った能力である。これらの能力をすべてを使って行われるのが、「批判・評価」である。その際、重要になってくるのが自らの考えを深めること(自己内対話)である。自らの考えが深まり、より確かなものとならない限り、よりよい「批判・評価」は生まれてこない。「目的をもって文章を読み、読み取った情報から自分の考えを構築する力」を高めていくことが、そのまま「批判・評価力」の向上につながっていくのである。
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5 「確かな読みの力」をより高める能力
(1) 内容的知識
 ここで言う「内容的知識」とは、文章の内容に関する専門的知識のことである。例えば、サッカーが話題として取り上げられている文章の読解においては、サッカーに関する専門的知識をもっている者とそうでない者とでは内容理解の程度の差が当然生じてくる。文学作品においても、作家についての理解の違いが、作品の解釈の違いにつながってくる場合がある。また、現在の書籍や文章の内容は、現代社会の多様性と密接に関係する形で、多岐の分野にわたるものになってきている。そのような文章の読解においては、「内容的知識」の有る無しは、読解に大きな影響を与えるものであると考えられる。指導においては、「内容的知識」の重要性を明確に伝えていく必要があると思われる。

(2) 社会性・公共性
 ここで言う「社会性・公共性」とは、他者から認められるような思考・態度のことである。「確かな読みの力」は、最終的な目標としては「生きる力」につながっていくものでなくてはならない。「生きる」ということは、家庭や学校・社会といった「集団」の中で活動していくことであり、自己完結したものであってはならない。したがって、「社会性・公共性」というものを意識した上でなされる「確かな読みの力」こそが、本来求められるべき力であり、現代社会で必要とされる力だと考えられる。

(3) 感性・情緒
 文部科学省の言語力育成協力者会議(第7回)配付資料の中に、「様々な事象に触れて感性を磨くことは、豊かな人間性を育成する上で大切である。例えば、喜怒哀楽の感情をどのように言葉で表現するかということを考えるとき、身体表現や文化的背景との関わりなどについても考える必要がある」という表現がある。ここでは「感性・情緒」は「理性」や「論理」と対立するものとして考えられてはいない。実際、文部科学省の言語力育成協力者会議(第7回)配付資料にも、「情緒を育てる場合において、論理と情緒とを対立する問題としてとらえることは適当でない。ものごとを直感的にとろえるだけでなく、分析的にとらえることも情緒を豊かにすることにつながるからである。」とある。「表現の美しさ」「表現の妥当性」などを感じ取る力や「感情」の表現力などの具体的な力だと考えることができるが、これらの力も「確かな読みの力」をはぐくむ上で重要な役割を果たすものであると言えるだろう。
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《引用文献》
・文部科学省 言語力育成協力者会議 (第7回)配付資料 資料3

《参考文献》
・飛田多喜雄・安藤修平 編集・解説 『国語教育基本論文集成』第3巻 1994年 明治図書
                        (35 「基礎学力をどうつけるか」井上尚美)