○ 学習指導案    高等学校第1学年 「 国語総合 」


1 単元名 「漢文の魅力に触れる」 (平成20年10月実施,41名)
        〜漢詩の「比べ読み」を通して〜

授業実践者:森 啓一

2 単元とその指導について

 本単元では,漢詩の「比べ読み」を通して,解釈力を育成するとともに,漢文の魅力に触れさせることを目標とする。そのために,音読等を通して漢文表現の完結性や緊迫感などについての認識を深め,読解において漢詩における特徴的な表現や独自の世界観に注目させたいと考える。
 杜甫の「月夜」は,安禄山の軍に捕らえられ,長安に軟禁されていた作者が,夜空に輝く月を見たことをきっかけとして,ふ州にいる妻のことを思いやって詠じた作品である。遠く隔たっている人と心を通わせることができる存在としての「月」が題材になっている点は,当時の人々の考え方を反映したものになっており,漢詩の世界に触れる恰好の教材と言える。また,次第に妻に接近するかのように妻のイメージをふくらませていく表現は,作品の特徴的な表現として読み取っていくに値するものである。加えて,「月夜」に込められた杜甫の妻に対する思いの深さは学習者の心を揺さぶるものであり,学習者が興味・関心をもって読み進めることができる作品と言えるだろう。
 補助教材である李白の「子夜呉歌」は,江南地方の民謡である子夜呉歌(通常,男女の素朴な愛情や愛情の成就しない嘆きが歌われる)に模して作られたものである。李白の「子夜呉歌」の舞台は長安となっており,李白が長安にいた時に作られたものという説もある。
 「月夜」も「子夜呉歌」も作者の視点はともに長安にあり,また,両作品ともに「月」を題材としているという共通点がある。逆に,「月夜」では「妻を思う夫」の思いが描かれているのに対して,「子夜呉歌」では「夫を思う妻」の思いが描かれているという違いがある。両作品の共通点と相違点に注目させることで,漢文の普遍的な世界観と作者それぞれの表現の独自性に注目させることができると思われる。また,「月夜」における「妻を思う夫」の思いを詠むという当時としては新たな試みに着目することで,漢詩の世界における創作の姿勢について理解を深めさせることができると考える。
 本学級は,全員致遠館中学校からの内部進学者で構成されているクラスである。グループでの話し合いや活動的な学習には積極的に取り組む生徒が多い。文章を書くことへの抵抗感もあまりなく,自己表現に対する関心も高い。
 古典分野に対する関心は,個人差があるが,概ね良好と言える。基本的な漢文の訓読法はすでに学んでおり,理解度も高い。文学的な作品の読解が不得手であり,解釈や鑑賞といった作業は苦手である。
 「解釈力を育成するとともに,漢文の魅力に触れさせる」という本単元の目標を達成するために,杜甫の「月夜」と李白の「子夜呉歌」の「比べ読み」を行いたいと考えている。「解釈」とは,理解した内容を自己の考えに照らし合わせながら,再構成していくことであり,正確な理解を基に受け手の側に立って理解し直し,説明する行為である。本単元では,「解釈のための視点の獲得」を学習活動として取り入れていきたい。
 具体的には,まず李白の「子夜呉歌」の内容読解を行い,次に杜甫の「月夜」の読解を「子夜呉歌」との比較を通して進めていく。比較を通して,解釈の視点を学習者に理解させ,解釈力の育成につなげていきたい。加えて,杜甫の「月夜」の一部の表現内容を創作させるという作業も取り入れたいと考えている。漢詩の創作における「自己表現」の在り方を疑似体験させることで,漢詩の世界の魅力を感じ取らせたい。

3 単元の目標

○漢詩の「比べ読み」を通して,解釈力を育成するとともに,漢文の魅力に触れさせる。

4 単元の計画 (全2時間)

  • 1 李白の「子夜呉歌」について,解釈の視点を踏まえながら,内容を読み取る・・・・1時間
  • 2 杜甫の「月夜」について,李白の「子夜呉歌」との比較を通して,内容を読み取る・・・・1時間

5 本時の学習指導 (2/2) 場所:大会議室 時間:2校時

 (1) 目標

○ 「比べ読み」や「表現活動」を通して,内容読解を深め,漢詩の魅力に触れる。

 (2) 展開

児童・生徒の学習活動
教師の指導・支援(※評価)
本時の目標を確認する。






李白の「子夜呉歌」と杜甫の「月夜」との「比べ読み」を通して内容読解を進めていくことを伝える。

李白の「子夜呉歌」と杜甫の「月夜」をそれぞれ音読する。








李白の「子夜呉歌」の内容を思い出しながら読むように指示する。




杜甫の「月夜」を訓読のきまりに注意しながら読むように指示する。
「題名」や「作詩背景」について理解する。



杜甫が「月夜」を作成した当時の状況について説明する。
「月夜」の内容を,「子夜呉歌」との「比べ読み」を通して読み取る。





















「今夜ふ州月」と「長安一片月」における場所の表現の違いに注目させる。



次第に妻に接近するかのように妻のイメージをふくらませていく表現に注目させる。



「月夜」における「妻を思う夫」の思いについての理解を深めさせる。


作品の比較を通して内容を読み取っている。
【観察・発言】
「月夜」の5・6句の表現内容を創作する。




















全体の通釈(ただし,5・6句の通釈は除く)を配付し,それを基に5・6句の表現内容を日本語で考えさせる。

(作品例)
・一人で幼い子どもを育てる妻の手は夫の知りようのない痛みを抱え/月に赤く照らされたその手には白い息がかかる
・暗い闇の中で頬に輝く一筋の光を光らせながら/壁に背をもたれて今日も寝るのだろう
・帰りを待ち続けている妻の手はずっと握りしめられ/そんな妻の姿を月はただ寂しく照らしているだけである
・月に私の顔を思い浮かべて/手をいくら伸ばしても届かないで泣いているのだろう


漢詩の世界に対する関心をもちながら,積極的に創作しようとしている。
【ワークシート】
漢詩の創作における「自己表現」の在り方について理解を深める。 漢詩の世界の「伝統」を踏まえながら,「自己表現」の独自性を追求していくという創作の姿勢を,李白の「子夜呉歌」と杜甫の「月夜」の具体的な事例を使って説明する。
※ 資料等 指導案【一太郎】 指導案【PDF】
教材「子夜呉歌」【PDF】 教材「月夜」【PDF】
ワークシート【一太郎】    ワークシート【PDF】

6 児童・生徒の反応

  • ○返り点や文法を気にすることなく,漢字から意味を読み取って読み進めていく漢詩の授業はとても新鮮でした。構成の意味や法則性を見つけ出すのは大変でしたが,「漢文ってこんな読み方もできるんだ」と思いました。
  • ○もともとの表現があったので,新しく表現を考えるのは少し大変でした。しかし,一生懸命考えていくうちに,自分の考えが広がってきてだんだん楽しくなってきました。創作を通して作品についてより深く読み込むことができ,この作品がいっそう好きになりました。
  • ○今までに経験したことのない形の授業でとてもおもしろかった。みんなと一緒に声を出し,人と話し合って,漢文の話の展開を予想していく。こういう形の授業もあるんだなと思った。

7 授業を終えて

  • ○漢詩の「比べ読み」という試みは,作品の構成や表現技法に関する特徴を生徒に理解させる上で,効果的であった。「解釈の視点」を意識させることで,積極的に作品を読むという姿勢の大切さを伝えることができたと思う。
  • ○創作活動は,「漢詩の魅力」について生徒に考えさせるよい契機となったようである。表現活動の難しさだけでなく,表現活動のすばらしさ・作品のすばらしさをより深く感じ取ることができていた生徒もいた。
  • ○授業後の感想からも,まだまだ漢文に対する抵抗感を持っている生徒が多いことが分かる。今回の授業を通して,漢文をより身近なものに感じてくれた生徒が数多くいたのは喜ばしいことだが,やはり長期的な視点に立って「漢文の魅力」を伝えていく試みを継続的に行っていくことが大切だと思う。