○ 学習指導案 中学校1学年「音楽科」 |
1 題材名 「長唄に挑戦!」 (平成21年10月8日実施、40名) | |
授業実践者:副島 和久 |
2 題材設定の趣旨 |
○ |
本題材「長唄に挑戦!」は、我が国の伝統的な歌唱に取り組む体験を通して、伝統的な声のよさを感じ取らせ、我が国の音楽文化に対する理解を深めることをねらいとしている。平成20年3月に公示された新学習指導要領では、表現活動において、歌唱教材として「民謡、長唄など我が国の伝統的な歌唱のうち、地域や学校、生徒の実態を考慮して、伝統的な声の特徴を感じ取れるもの」を取り上げることが示された。本題材を設定するに当たっては、これまで、どちらかというと西洋音楽に偏った教材選択がなされていたことに対して、我が国の音楽を基盤として、諸外国の様々な音楽について考えるための契機にしたいと考えている。 教材の長唄「勧進帳」は、歌舞伎「勧進帳」の伴奏音楽として用いられている。歌舞伎「勧進帳」は、これまでも、教科書に取り上げられており、源義経や武蔵坊弁慶などが登場する歌舞伎として、そのストーリーは比較的生徒にもなじみのある歌舞伎である。この歌舞伎を背景として、その中で用いられている長唄の一部分を取り上げての歌唱表現に取り組ませることにより、長唄のもつ音楽的な特徴を感じ取らせることができると考える。本題材で取り扱う「すはや我君あやしむるは〜さんざんに打擲す」の部分は、関所で見破られそうになった義経を救うべく弁慶が義経を金剛杖で打ち据える場面の音楽である。歌舞伎でも緊張感が高まる場面であり、テンポよく歌われる。この部分を歌唱表現させることにより長唄の魅力に迫りたい。 |
○ |
本学級の生徒は、日ごろから意欲的に学習に取り組んでおり、音楽学習に対しても楽しく取り組んでいる。しかしながら、小学校における音楽学習において、共通教材である文部省唱歌などを歌った経験はあるが、本題材で取り扱うような我が国の伝統的な歌唱に取り組んだ経験はない。対象学級生徒に対する事前調査においても、「古くから伝わっている日本の音楽」と聞いて、思い浮かべる音楽や曲としては「ふるさと」などを多く挙げている。中学校での音楽科の授業における歌唱についても、ほとんどを西洋的な発声で歌うことが多く、我が国の伝統的な歌唱を意識したことはほとんどない。そのため、長唄や歌舞伎についての知識も乏しく、関心もさほど高くないことが予想される。前述の事前調査においても、「歌舞伎を知っている」と回答した生徒は7.5%(40名中3名)、「長唄を知っている」と回答した生徒は0%であった。このような実態ではあるが、教材として取り扱う長唄「勧進帳」は、源義経や武蔵坊弁慶といった歴史上の人物が登場する歌舞伎の音楽であるので、教材のもつ魅力から生徒の興味・関心を高めたい。 |
○ |
本題材は、新学習指導要領のA表現 歌唱の指導事項イ「曲種に応じた発声により、言葉の特性を生かして歌うこと」と歌唱の指導事項ア「歌詞の内容や曲想を感じ取り、表現を工夫して歌うこと」を指導のねらいとして、〔共通事項〕との関連を図りながら指導を進めていくこととなる。もっとも中心となるのは歌唱の指導事項イであり、長唄の特徴が感じられるような発声や長唄に見られる産字(うみじ)を意識した歌い方などに気付かせたい。しかしながら、小学校からの学習を通しても、我が国の伝統的な歌唱に取り組んだ経験はほとんどなく、中学校ではじめて取り組む学習活動であるということを十分に考慮する必要がある。したがって、本題材では、長唄の発声や歌い方を確実に身に付けさせるということではなく、今まで学習してきた西洋的な発声と比較しながら、我が国の伝統的な歌唱の特徴を感じ取らせ、感じ取ったことを基に、CDによる演奏などを模倣しながら歌うことができることを目指したい。そして、歌唱表現を通して、長唄の特徴や歌舞伎とのかかわりについて、自分なりの考えをもつことができることを本題材のゴールとしたい。また、指導事項アにかかわっては、歌唱表現に取り組む部分の歌詞の大意をつかませ、歌舞伎の内容とも関連付けながら、どのように表現を工夫すればよいのかということについても考えさせたい。 |
3 題材の指導目標 |
○ |
長唄の発声や歌い方の特徴及び歌詞の内容や歌舞伎の場面を感じ取って歌うことができるようにする。 |
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○ |
長唄や歌舞伎のよさや長唄と歌舞伎とのかかわりについての自分なりの考えがもてるようにする。 | ||||||
4 題材の評価規準 |
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ア | 長唄の特徴や歌舞伎とのかかわりに関心をもって、学習に取り組んでいる。 (音楽に対する関心・意欲・態度) |
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イ | 長唄の特徴を感じ取り、歌舞伎とのかかわりに気付いて、長唄や歌舞伎についての自分なりの考えをまとめている。 (音楽的な感受や表現の工夫) |
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ウ | 長唄の発声や歌い方の特徴を意識して、歌うことができる。 (表現の技能) |
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5 本題材で位置付ける〔共通事項〕 |
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6 題材の計画 (全3時間) 本時は 2/3 |
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7 題材の評価計画(全3時間)
音楽に対する 関心・意欲・態度 |
音楽的な感受や表現の工夫 | 表現の技能 | |
題材の 評価規準 ![]() |
長唄の特徴や歌舞伎とのかかわりに関心をもって、学習に取り組んでいる。![]() |
長唄の特徴を感じ取り、歌舞伎とのかかわりに気付いて、長唄や歌舞伎についての自分なりの考えをまとめている。 | 長唄の発声や歌い方の特徴を意識して、歌うことができる。![]() |
時 |
学習活動における具体的な評価規準【評価方法】 | ||
学習活動における具体の評価規準 (表記はB基準) 【評価方法】 [評価場面] |
@歌詞の聴き取りに取り組んでいる。 【観察・学習シート】[第1時] ACDによる演奏を聴いて、模倣しようとしている。 【観察】[第2,3時] B歌舞伎や長唄に関心をもって、VTRを視聴している。 【観察・学習シート】[第2,3時] C表現の工夫について考え、考えた表現の工夫を生かして歌おうとしている。 【観察】[第3時] D長唄の特徴や歌舞伎とのかかわりについて話し合ったり、まとめたりしている。 【発言・学習シート】[第3時] |
@CDによる演奏の長唄の発声や歌い方の特徴を感じ取り、模倣している。 【学習シート・観察】[第1,2時] A長唄の特徴を感じ取り、歌舞伎とのかかわりに気付きながらVTRを視聴している。 【学習シート・観察】[第2,3時] B長唄の発声や歌い方の特徴を感じ取り、歌詞の大意や場面を思い浮かべながら表現の工夫をしている。 【発言・学習シート】[第3時] C長唄の発声や歌い方の特徴の感受と歌詞の大意や場面の理解を通して、長唄の特徴や歌舞伎とのかかわりについてまとめている。 【発言・学習シート】[第1,3時] |
@長唄の発声や歌い方の特徴を模倣して歌っている。 【観察】[第1時] A長唄の発声の特徴や歌い方の特徴を意識しながら歌っている。 【観察】[第2時] B学級が考えた表現の工夫を生かして歌っている。 【観察】[第3時] |
A基準へのキーワード | @意欲的に、楽しみながら A真剣に、あきらめずに B意欲的に、集中して C一生懸命に、楽しみながら D積極的に、よく考えて |
@産字の特徴や節尻の表現に気付いて B感じ取ったことを基に、工夫点を具体的にして C根拠を明確にして、自分なりの考えをもって |
@大きな声で、特徴を生かした声で、歌い方に気を付けて、表情を意識して A大きな声で、学習シートを使って B大きな声で、特徴を生かした声で、前時までの学習を生かして |
B基準に達していない生徒への配慮 | @適切にヒントを出す。 A比較的うまくいっている点を褒め、やる気を引き出す。 B視聴するポイントを再度、確認する。 C比較的うまくいっている点を褒め、やる気を引き出す。 D今までの学習を想起させる。 |
@特徴がみられる部分を取り出して、教師が模倣してみせる。 Bどのような場面で、登場人物の心情、歌舞伎とのかかわりはどうかなどを確認する。 Cまとめるときのポイントを再度確認する。 |
@歌唱表現に取り組む課題の歌いやすい部分のみに取り組ませる。 A全員で確認したことや学習シートを手掛かりにすることを助言する。 B学級で出し合った工夫点を確認し、その内容に沿ったアドバイスをする。 |
8 本時の学習指導 (2/3) 場所:音楽室 |
(1) 指導目標 |
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○ 長唄「勧進帳」の「すはや我君あやしむるは〜さんざんに打擲す」の部分を声の出し方や旋律の抑揚 |
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(2) 具体の評価規準 | |
ア |
音楽への関心・意欲・態度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ A・B |
イ |
音楽的な感受や表現の工夫・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ @・A・C |
ウ |
表現の技能・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ A |
(3) 展 開 |
学習活動
| 教師の指導・支援 (□ 評価規準と方法) | |||
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1 |
課題を確認しながら、前時の学習内容を想起する。
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・ |
前時に使用した資料プリントなどを用いて、歌舞伎「勧進帳」の概要などについての確認をする。 |
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2 |
前時の学習シートへの記述を振り返り、長唄の特徴について考える。 | ・ |
前時の学習シートをお互いに紹介し合い、自分が気付かなかったことは学習シートにメモをするよう指示する。 前時の学習シートの記述から主なものを紹介し、長唄の特徴をおおまかにまとめる。 学級生徒の記述をまとめた掲示物 @ 声の出し方 A 歌い方 B その他 |
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3 |
本時の目標を知る。
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・ |
声の出し方や旋律の抑揚に気を付けて、歌うことを確認する。 | |
4 |
長唄「勧進帳」の「すはや我君あやしむるは〜さんざんに打擲す」の部分を歌う。 |
・ |
前時の気付きを基にして、声の出し方や歌い方の特徴に気付かせる。 拡大した歌詞カードに旋律の抑揚などを書き込んで、歌うときの手掛かりとさせる。 CDに合わせて全員で歌わせる。 |
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□ | 教師のアドバイスや歌詞カードのメモを生かして、CDの演奏を注意深く聴きながら、長唄を模倣している。 [規準アAイ@ウA] 【行動観察】 |
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5 |
歌舞伎「勧進帳」をVTRで視聴する。 | ・ ・ |
本題材で取り上げた部分の歌詞が歌われている歌舞伎「勧進帳」の場面をVTRで視聴させ、歌舞伎の中での長唄の位置付けに気付かせる。 CDの演奏とVTRの演奏を比較して聴くように指示をして、再度VTRを視聴させる。 VTR視聴の前に舞台配置について説明した掲示物 (第3時でも使用) |
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□ | 長唄と歌舞伎のかかわりを意識して、VTRを視聴している。 [規準アBイA] 【行動観察・学習シート】 |
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6 |
長唄の特徴や歌舞伎とのかかわりについて、考える。 | ・ | 学習したことを基に、学習シートに長唄の特徴についての自分の考えをまとめるように指示する。 |
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□ | 学習したことを生かして、長唄の特徴を学習シートに記述している。 [規準ウC] 【学習シート】 |
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7 |
長唄の特徴について、教師の説明を聞く。 | ・ |
本時までの学習を振り返りながら、長唄の特徴について説明をする。 学習シートにそって、本時の振り返りを行わせ、次時は表現の工夫をして歌うことを伝える。 |
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8 |
本時の学習を振り返り、次時の見通しをもつ。 |
・
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学習シートにそって、本時の振り返りを行わせ、次時は表現の工夫をして歌うことを伝える。 |
資料等 | |
□ 学習指導案(PDF) | □ 事前アンケート(PDF) |
□ 学習シートNo1〜No3(PDF) | □ 事前アンケートの集計結果(PDF) |
9 生徒の様子(学習シートの本時の授業の感想から) |
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生徒の記述の主なものは以下の通りである。 | |
○ |
友達の(学習シート)を見てみるといいことを書いていてすごいと思った。(女子) | |
○ |
みんなの意見を見て、なるほどなあ・・・と思いました。(男子) | |
○ |
歌っていて気付きがたくさん見付けられてよかったです。ビデオを見て、長唄の特徴などいろいろなことが分かりました。(女子) | |
○ |
劇といっしょに音楽を聴くとよけいにおもしろかった。(男子) | |
○ |
長唄のことが詳しく分かった。長唄をうたうのは、のばしたり切ったりするところが難しかった。(男子) | |
○ | 長唄は声が難しかったです。ビデオを見たとき、言葉がわかりにくかった。(男子) | |
○ | 歌舞伎では、長唄をいくつかに区切って、その間にセリフを入れたりしていることが分かった。(女子) | |
○ | 今日は昨日より意味が深くわかって、ビデオでもこんな風に言う人だと、ちょっと想像とは違ってて、不思議だなと思いました。(女子) | |
○ | 昨日よりよく歌えたと思いました。ビデオを見て2つのところに分かれていて、わかりやすかった。(女子) | |
○ | 前の授業より、長唄に関心がもてるようになりました。(女子) |
10 授業を終えて (指導者の考察) |
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○ | 本題材は、新学習指導要領で我が国の伝統的な歌唱の指導を重視するようにすることを受けて、試案的に取り組んだものである。対象生徒は、事前アンケートにおいても示しているとおり、小学校での学習履歴も含めて、我が国の伝統的な歌唱を取り上げての学習経験はない。今回は、第1学年で取り組んだため、授業研究会では、「1年生にとっては難しすぎるのではないか」という意見が出された。その一方で、教師自身がこれまでの自らの音楽経験から苦手意識があるために、指導に難しさを感じており、勝手に「1年生には難しい」などの思い込みをもっているのではないかという意見も出された。よって、早い段階からこのような学習経験をすることが、生徒にとってはよいのではないかということであった。実際に、指導を進めていく中では、生徒が難しさを感じる場面もあったが、総じて、長唄をうたう活動に意欲的であり、うたう体験を通して、より深く伝統的な声の特徴や歌い方の特徴を感じ取ることができたと考えている。歌舞伎に対する興味を示す生徒も多く、歌舞伎「勧進帳」をもっと見てみたいという感想もあった。 | |
○ |
本題材は、第2学年、または第3学年で取り組むことも十分に可能である。大切なことは、3年間のスパンの中で、第1学年において、どのような教材を取り上げるのかということと、第2学年及び第3学年においては、第1学年を受けて、どのような教材を取り上げるのかということをしっかりと考え、系統的な指導を行うことであると考えている。今後も、我が国や郷土の伝統的な歌唱を取り上げた表現の授業の充実を図ることが大切であり、そのために、教師ももっと研修を重ね、教材開発を試みる必要があるであろう。 | |
○ | 授業の構想段階から比べると、学習内容や教材として取り上げる長唄なども大幅に縮減したが、それでも、3時間で取り扱うには、ねらいとすることや活動が多すぎたのではないかと思う。第1学年で取り組むのであれば、〔共通事項〕の「音色」と「旋律」に着目し、長唄を実際に歌う活動を通して、長唄の声の特徴や歌い方の特徴を感じ取らせることに絞って、じっくりと取り組んでもよかったと考える。限られた時間の中で、どこに焦点を置いて、この授業に取り組むのかということを考えるいい機会となった。前述した系統性を考えると、1年生の段階で長唄を取り上げ、第2学年または第3学年において、総合芸術としての歌舞伎の学習へと広げていくのもいいのではないかと思う。 | |